【導入】
その施設は、表通りから見えにくい場所に建っている。ものものしい二重のフェンスに囲まれて、振動センサーや監視カメラが設置されている。
ここは刑務所ではない。無罪になった精神障害者を治療するための施設である。彼らは、強制的に連れてこられ、自由に外に出ることはできないのである。
私は、皆さんに問いかけたい。
彼らは、果たしてこのような施設に収容されるべきなのだろうか。
本弁論の目的は、社会が、触法精神障害者とどのように関わるべきかを提言することにある。
【触法精神障害者とは】
触法精神障害者とは、法律に違反した精神障害者のことである。
刑法39条は、次のような趣旨の規定をしている。
自分の犯した行為の善悪を判断できず、また、その行動が制御できなかった者には罰を与えない。この刑法39条により刑罰を受けなかった者を、「法律に触れた精神障害者」、つまり、「触法」精神障害者と呼ぶ。
【触法精神障害者への対応:医療観察法】
触法精神障害者の扱いは、医療観察法によって、決められている。
この法律は、対象者の一定期間の病院での生活と、その後の継続医療を義務付けている。まず、殺人などの重大な罪を犯した精神障害者は、国が指定した病棟に収容され治療を受ける。退院した後も、最短で3年・最長で5年の通院治療が義務付けられている。
【問題点】
この医療観察法には、2つの大きな問題点が存在する。
1点目は、医療観察法が、過剰な社会防衛を動機にしている点である。
医療観察法の条文は、次のように規定している。「同様の行為の再発の防止を図り、もってその社会復帰を促進することを目的とする」。つまり、医療観察法には、触法精神障害者は危険人物であり、その再犯を防止しようという目的があるのである。
しかし、精神障害者は、健常者と比較して特別に危険であるわけではない。
精神障害者の再犯率は健常者に比べはるかに低い。例えば、精神障害者による殺人の再犯率は、6.8%。健常者のものは、28%である。
彼らに対する懸念は杞憂に過ぎない。
その上、治療の目的は、あくまで病気を直し、病気の再発を防止することにある。治療では、再犯の可能性を予見し再犯を防止することはできない。つまり、医療の観点からは、再犯の見込みまで判断することはできないのである。
しかし、医療観察法の下では、それが要求されてしまっている。
患者の退院許可は裁判所が決定する。裁判所は、医療観察法の趣旨に則って退院許可を出す必要があるので、「再犯の恐れのないこと」が退院許可の要件に含まれる。実際に現場では、医療スタッフが再犯の見込みを判断し、退院許可を裁判所に求めている。
このように、医療観察法は、過剰な社会防衛を治療にも反映させる法律なのである。
2点目は、無罪の人々を強制的に拘束するという点である。
医療観察法は、再犯の防止のため、一定期間の入院を義務付けている。
施設は二重の壁に囲まれ、いたるところに監視カメラがある。患者は常に監視され、入院中は原則的に施設から出られない。施設に入るかどうかに、本人の意思は反映されない。これでは、懲役刑や禁固刑と何も変わらない。
そもそも医療観察法の対象となる人々は無罪とされた人々である。にもかかわらず、医療観察法は、彼らに対して、実質的な刑罰を科しているのである。
つまり、医療観察法は、法的根拠がなく、手段も間違っている法律なのである。
【収容主義】
医療観察法が成立した背景には、日本の精神医療の特徴がある。
日本は、収容主義と呼ばれる考え方をベースに、精神医療を行ってきた。
収容主義とは、精神障害者を社会から隔離しようという考え方のことである。
この傾向を表すデータがある。精神医療用ベッドの数と、平均入院期間である。
現在、日本には精神医療用ベッドがおよそ35万存在しているが、これは世界全体の5分の1に相当する。
また、欧米諸国の平均入院期間が一ヶ月であるのに対して、日本では一年以上入院が継続されており、他国と比較して、長期的な身体拘束を許容する傾向にある。
このように、精神障害者をできるだけ社会から遠ざけようという意識が働いているのだ。
そして、医療観察法においても、触法精神障害者を危険だとみなし、長期的な身体拘束を強制するという、日本の社会防衛的側面が浮き彫りになっている。
【本来あるべき処遇】
ここで今一度皆さんに問いかけたい。
触法精神障害者を社会から遠ざけるのは、本当に正しいのだろうか。
彼らは病気のせいで、自らの意思に反して、罪を犯してしまった。彼らもいわば、被害者である。
まず、私たちがすべきことは、拘束からの解放なのだ。
【提言】
そこで、私は、次の二点の政策を提言する。
一点目、医療観察法の廃止。
二点目、社会復帰法の創設。
以上の二点である。
まず一点目の、医療観察法の廃止について説明する。
医療観察法は、無罪の人々を強制的に拘束する法律である。また、立法自体も社会の過剰防衛の下に成り立っている。そこで、医療観察法を廃止し、彼らを拘束から解放する。
しかし、医療観察法の廃止によって、触法精神障害者の治療と社会復帰が難しくなる可能性がある。そこで、二点目の社会復帰法を創設する。
社会復帰法とは、触法精神障害者の社会復帰をサポートする法律である。
すでに存在している社会復帰調整官が、治療先の斡旋、住居の確保、ハローワークの仲介を通じて、触法精神障害者の社会復帰をサポートする。
この結果、入院の強制や、退院許可を取得する必要性がなくなる。触法精神障害者の自由にできるだけ制限を掛けない形で援助を行うことができるのである。
以上2点の政策を行うことで、触法精神障害者を、強制的な拘束から解放し、社会復帰させることができる。
【結び】
私には、精神を病み、社会との関わりを絶っていた時期があった。自分を制御できなくなり、何が正しくて何が正しくないのか分からなくなる時もあった。そんな時、例えば、母を殴り倒していたら、父を刺し殺していたら、妹の首を絞めていたら……。そんな恐ろしい想像が、今も私を不安にさせる。
そして、現実には、実際にそのような行為に及んでしまった人たちがいる。彼らの犯行の対象は、大半が家族である。図らずも家族を傷つけ、最悪の場合死に至らしめてしまった彼らは、時に家族からも受け入れられず、社会から隔離される。
彼らの犯した罪は事故のようなものである。犯行時、彼らは何が正しくて何が正しくないのか分からず、自分を制御することができなかったからだ。その行為は、いわば「心なき罪」である。それでも彼らがその手で罪を犯したという事実が消えることはない。
「心なき罪」はずっと彼らと共に在り、彼らは、被害者であると同時に、加害者として生きなければならない。
私たちは、彼らをただ危険とみなすのではなく、病気の被害者として受け入れ、彼らと共に生きる決意をしなければならない。今私たちに求められているのは、彼らに対するより良い医療のあり方を追求することである。
ご清聴ありがとうございました。
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