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演題 「命をつなぐ」

弁士 佐野航介(1)

【導入】
 想像して見て下さい。
 毎日毎日、来る日も来る日も病院のベッドの上で過ごす日々を。
 いつ死ぬとも、わからぬ恐怖に怯えながらすごす日々を。
 不治の病ではないのです。
 治療法はわかっているのです。
 治療法はわかっているのに、治療を受けることはできない。
 なぜでしょうか?
 なぜなら、彼らはいつ来るともわからない臓器移植のドナーを待っているのです。


【現状分析】
 臓器移植とは健康な臓器を移植することにより、患者が健康な状態で社会に復帰することを目指す医療です。
 心臓・肺・肝臓の不全などの時に必要となります。
 現在、この臓器移植を必要としている患者は心臓で約530人、肺で約300人、肝臓で約360人、合計、1393人です。
 これらの病気は臓器移植以外に治療法はありません。また、心臓や肺などは通常の死亡である心停止では提供することができません。彼らを救うためには、脳死者からの臓器移植でなくてはならないのです。
 しかし、医療はいまだに、彼らの多くを救うことができずにいます。
 ドナーが足りないのです。
 現状日本のドナー数は、年間約90人。1400人の患者数に対して、全く足りていません。
 これに対し政府もドナーを増やすための政策を打っています。2009年に臓器移植法が改正されました。この改正で、日本では臓器提供の意思表示について、オプトアウト方式が採用されました。
 オプトアウトとは本人が臓器移植を拒否するという意思を示さない限り、家族の同意があれば、ドナーとなりうる制度のことです。
 対義語は、ドナーになることを自ら選ぶ、オプトイン方式です。
 オプトアウトの導入により、脳死による臓器提供は以前の五倍ほど増加しました。しかし、それでも日本のドナー数は依然として少なく、同じくオプトアウト方式を採用する、スペインやイギリス・韓国などの三分の一にすぎません。


【問題点】
 ドナー不足は解消されていません。
 それによって本来助かったはずの命を助けることができないのです。
 多くの患者が、臓器提供を待つ間に、亡くなり、手術を受けることができないほど病状が悪化しています。心臓疾患の場合ですと、857人の患者が、2014年までに移植を希望していましたが、その約四分の一にあたる233人が待機中に亡くなりました。
 彼らはすべて、ドナーさえいれば助かる希望のある命でした。ドナーが不足していることによって、希望もむなしく、死にゆくのを、ただ見守ることしかできないのです。
 私はそういった、助かるはずの命を一つでも多く救いたいのです。

 そのために、臓器提供をしてくれる脳死のドナーを増やさなければならないのです。
 それではなぜ、オプトアウト方式が導入されたにも関わらず、日本のドナー数はすくないのでしょうか。
 それは、日本ではオプトアウト方式が十分に運用されていないからです。
 オプトアウトは生前、意思表示をしていないなど、ドナーになることを考えたこともないひとがドナーとなることを期待しています。そのため、第三者による臓器提供という選択肢の提示が必要不可欠です。それが無ければ、オプトインと一切変わりません。
 しかし、現状医師による臓器提供という選択肢の提示は不十分です。
 長崎の例では、日本臓器移植ネットワークが提供施設で調査したところ、一年で27人の脳死者が出たのに対し、医師による提示が行われたのは3件のみでした。
 また、沖縄の例では、36人のうち提示が行われたのは1件のみでした。

 もし、確実に選択肢の提示がされ、オプトアウト方式が十分に運用されれば、現状の約六倍、約360人のドナーが確保されると試算されています。


【原因分析】
 では、なぜ選択肢の提示が徹底されていないのでしょうか。
 結論から言うと、その理由は選択肢の提示を医師が行っているからです。
 現状、脳死をした患者の遺族に対して、「臓器移植のドナーにならないか」というような選択肢の提示を最初に行っているのは医師です。
 また、脳死者が多く出るのは救急救命センターであるため、臓器提供の説明にあたる医師のほとんどが救急救命医となっております。

 しかし、医師が選択肢の提示を行うことは医師にとって重い負担なのです。

 脳死は脳内出血や頭部への外傷によってひき起こされます。
 そのため、何の兆候もなかった人が突然、脳死を宣告されることがほとんどです。
 医師はこのように突然、家族を亡くした遺族に対して、臓器提供の提案を行わなければなりません。
 突如肉親を失い、悲しみにくれる遺族に対してどのような言葉を用いて、臓器移植を切り出せばよいのか。ただでさえ多忙な救急医にこういったことを考える負担を強いているのです。
 また、家族から臓器移植のために救命に手を抜いたのではないかと疑いを持たれるという可能性も拭い去ることができません。
 さらには、医師の知識不足も原因となっています。
 選択肢の提示を行っている救急医自身が、臓器移植を行うわけではありません。
 多くの医師は臓器移植に携わったことがなく、知識も経験も不足しています。
 実際、アンケートによると、経験不足、知識不足のため、家族に対して安心して説明ができないと感じている医師は全体の8割ほどでした。
 つまり現状、臓器移植の選択肢を提示するという極めて重要な行為を、医師という臓器移植には無関係な人によるボランティアにゆだねているのです。
 それが重い負担となっているために、現状、医師による選択肢の提示が十分になされていないのです。


【解決策】
 そこで私は、政策を、一点提案します。
 それは、日本臓器移植ネットワークの管轄強化です。
 日本臓器移植ネットワークとは、主に臓器移植に関する周知と、臓器移植を行う際の調整などを行う公益社団法人です。移植ネットワークの職員は、臓器移植を専門に携わっているスペシャリストで、家族に関する説明も専門的に行うことが可能です。
 この政策では、日本臓器移植ネットワークが一貫して臓器移植をマネジメントすることを目指します。
 現状、医師が選択肢の提示をしたのち、家族がより詳しい説明を希望した場合にはじめてネットワークの職員が説明を行います。
 しかしこれでは、最初の提案は現場の医師によって行われるため、医師の負担を重くしているのです。
 これに対し、私の政策では、家族への選択肢の提示という最初の段階から移植ネットワークの職員が行うこととします。
 このことにより、最初の説明から臓器移植に精通したプロが行うことができます。
 また、医師は脳死者がでた場合に臓器移植ネットワークに連絡するだけになり、医師の負担を軽減することができるのです。
 これによって、脳死者の家族に確実な臓器移植の提案ができるのです。
 実際、韓国では臓器斡旋機関を設け、そこが一貫して臓器移植をマネジメントする政策を行い、その結果、年間約145人の脳死ドナーを確保することに成功しています。

 臓器移植法が改正された、2009年の段階では遺族への最初の提案は、医師が行うことを想定して法律が作られました。それは、当時、移植ネットワークが公益社団法人となっておらず、政策の対象ではなかったからです。
 しかし、2013年に移植ネットワークが公益社団法人となり、人員も確保されました。
 今こそ、実現可能なのです。


【結び】
 この政策で、ドナー不足解消という目的が達成されます。
 助かる命を、一人でも多く助けられるのです。
 毎日毎日、来る日も来る日も病院のベッドの上で過ごす日々。
 いつ死ぬとも、わからぬ恐怖に怯えながらすごす日々。
 こんな日々に終止符を打ちます。
 「ドナーが見つかれば助かるのに!」。
 そんな患者を一人でも多く救います。
 脳死した人が蘇ることはありません。しかし、臓器提供することで、臓器はほかの人の命に代わるのです。
 命をつなぐのです。
 一人でも多くの患者が救われることを願って本弁論を終えます。ご静聴ありがとうございました。



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