【導入】 
 2011年、東北を襲った地震により福島原発はメルトダウンを伴う大事故に見舞われた。
 日本中が不安に包まれた。
 
 科学技術の粋を集めて作り、絶対安全なはずの原子力発電所から得体のしれないものが漏れ出したからである。 
 事故発生後、原子力政策に関して多くの議論が起こった。 
 活断層でないところでも地震が起こるのではないか? 
 微量の放射線は本当に人体に影響がないのか? 
 議論の末、多様な科学的根拠が持ち出され原子力政策は改善されていったが、 ここである疑問が浮かぶ。
 論争の元になったこの多様な科学的根拠は震災後にわかったことなのだろうか?
 いや違う、多様な助言は震災前から存在していた。 
 では、なぜ普段からこのような議論が起きなかったのか? 
 本弁論は、政府と科学の関係について述べ、政策決定における科学のあり方を訴えていく弁論である。 
 
【現状分析】  
 政府は現在、専門的な知識が必要となるような政策を打つときには、二種類の助言を利用している。 
 政府が組織した委員会からの助言と、それ以外の科学者からの助言である。 
 他の科学者からの助言が採用されることは稀であり、政府は、委員会からの助言を多く採用している 。
 委員会とは各省庁の下部組織として独自に設置される。委員会は、科学の助言を根拠として具体的な政策や提言を行っている。
 もちろん、科学の助言が一つしかないことは稀である。 
 多様な科学の助言が存在している中で、委員会は、その多様な科学者の助言からどの助言を参考にするのかを決定しているのである。 
 委員会は、政策を行うにあたって必要な情報収集を行う組織であるため、必然的に政策決定には委員会の調査が大きく影響する。 
 しかし、こういった専門家による委員会は少人数で閉鎖的な空間である。 
 例えば、内閣府原子力安全委員会では、原子力政策に対する提言を3人という少人数の委員で行っている。 
 閉鎖的な空間とは、委員は全員、各省庁の大臣によって任命されているということである。 
 委員の任命をしているのが、たった一人のしかも助言を受け取る側の人間なのである。 
 加えて、数ある助言の中から1つの助言を選んだ理由、他の助言を選ばなかった理由が示されない。 
 
【問題点】 
 では、なぜ委員会が少人数かつ閉鎖的であってはならないのか? 
 少人数の委員会では、科学的な「正しさ」の担保ができないのである。 
 科学における「正しさ」とは、多くの科学者によって議論され、様々な分野からの批判、反論を受け、最終的に「有効な反論ができない」とされたものが、科学的に「正しい」とされるのである。 
 つまり、少人数では科学的な「正しさ」を担保することができないのである。 
 
 また閉鎖的で、数ある助言の中から1つの助言を選んだ理由、他の助言を選ばなかった理由が示されないため、国民や科学者が政策判断に対する議論をすることができないのである。
 
 現状では、人体への放射線評価について多様な助言があるにもかかわらず、なぜそういった助言を選んだのかを明白に示さないまま原子力委員会の助言を採用している。
 このように理由が示されていなければ、国民も科学者も議論や評価をすることができないのである。 
 
【日本学術会議について】 
 このような現状を変えるため私が目を付けたのが、JSC である。 
 JSC とは日本学術会議の略称である。 
 JSC は、少人数で閉鎖的ではなく、開けた多様な議論ができるのである。 
 その理由は、JSC は日本のアカデミーのトップであり2000人以上の会員がいる。 
 また、委員の任命は委員同士で行われる、独立した組織であり、議論の内容は誰でも知ることができる。 
 JSC は日本学術会議法により、助言機関として設立されている。 
 
 つまり、JSC を活用すれば、政府は普段から開けた多様な議論の結果に基づき、政策決定ができるのである。
 例えば福島原発事故であれば、放射線評価について議論ができたのである。
 
 
【原因分析】 
 しかし現状、政府は JSC からされる助言を活用していないのである。 
 実際、JSC から政府への提言は年間38件であるが、一方で政府から JSC への質問は年間1~2件である。 
 なぜ現状、政府は JSC を活用していないのか。 
 それは、政府が JSC を使用するルールがないからである。 
 JSC について定められた法律でも、JSC の権限については明記されているが、JSC の助言を政府がどのように扱うのかは明記されていないのである。 
 ルールがないため、政府はあえて JSC の助言を使う必要がなく、下部組織である委員会の助言を活用するのである。 
 しかし、ルールが確立されても、システムがうまく機能するかはわからない。 
 政府が行う政策の方向性を知らなければ、JSC は適切な時期に政府の求める分野の助言をすることができないのである。 
 JSC の特徴について知らなければ、政府は JSC に対してどのような活用すればいいのかわからないのである。 
 
【解決策】 
 そこで、現状の少数で閉鎖的な委員会での議論ではなく、 JSC を活用し、平時から、国民や科学者の間で政治判断への議論を行えるようにするため 私が打ち出す政策は2つある。 
 1つ目は政府の情報開示の義務化である。 
 これは日本学術会議法の5条の勧告の項目に新たな条文を加えることである。その条文とは、 
 JSC から勧告があった場合、政府はこれを検討しなくてはならない。採用しない場合はその理由を明示しなければならない。という文である。 
 この政策により国民や科学者が平時より政策判断への議論ができる。 
 JSCと政府の連携を強化するため私が訴える2つ目の政策は科学顧問の設置である。 
 科学顧問は、科学と政府のそごを無くすことを目的として設置される。 
 科学顧問について詳しく説明しよう。 
 科学顧問は、各省庁に置かれる3名の顧問のことであり、選定は JSC によってなされる。
 その任期は 3 年とする。 
 科学顧問は省庁における JSC の出先機関であり、主な仕事は、政府と JSC の仲介、JSC からの助言・勧告が適切に用いられたのかのチェックである。 
 これは、EU の科学顧問の制度を参考にしている。 
 科学顧問は、アメリカやイギリスなどで設置されており、狂牛病の問題や原発事故での人体への放射線評価などで、科学助言機関と政府の関係強化に役立っているという実績がある。
 
 この政策を日本でも導入することによって、科学的助言を行う機関として JSC を確立することができるのである。 
 
 委員会だけでなくその他の科学者の代表である JSC を活用でき、多くの人による議論の場を作っていく事ができるのである。 
 
【展望】 
 政府は政策の正当性を示すために科学の助言を活用してきた。 
 科学の助言は中立で多様な議論を経たものである必要はなかった。 
 政府は、何よりも多様な科学の助言をまるで統一されているかのように国民に示してきた。
 
 そして国民も政府を信用してきたのである。 
 政府も国民も少数の科学者にお任せにしていたのである。 
 しかし、私たちは学んだ。 
 東日本大震災の際、少数の科学者へのお任せが何の役にも立たなかったことを。 
 科学の正しさとは何なのか。 
「少ない委員で議論しました、これでいいと思います。以上です。」 
 これが正しいのか? 
 科学の正しさとは、多くの人たちが常に議論する余地があって、初めて、達成される。 
 たしかに、私の政策は政府にとってメリットがないかもしれない。 
 しかし、議論を経た科学の助言は、我々をより良い方向へ導いていくのである 。
 
 多くの人が議論に参加できる、それが政府の政策になっていく 。
 これこそが政策決定における科学のあり方なのである。 
 
 ご清聴ありがとうございました。
	
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