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演題 「のぞみを繋ぐ」

弁士 前原玄(法1)

【導入】
 あるキャベツ畑の話である。
 キャベツは立派に育ち、あとは出荷を待つだけとなった。
 その畑に、一台のトラクターがゆっくり入っていく。
 収穫するのだろうか?
 だが、トラクターは収穫をするそぶりを見せず、そのままキャベツ畑へ直進していく。
 トラクターはゆっくりと、だが着実に、キャベツを踏み潰してゆく。
 エンジンの音にまぎれて、キャベツがひしゃげる音がする。
 土の匂いにまぎれて、キャベツの甘い香りがする。
 いったい、このキャベツ畑で何が、行われているのだろうか?


【出荷調整とは】
 そこで行われていたのは、農作物の出荷調整である。
 出荷調整とは、市場の農作物の価格が生産コストと釣り合わなくなったときに、価格調整のために行われる対策である。
 農作物の値段を決めるのは、農家でもなければ、農協でもない。そう、市場原理である。
 例えば、農作物が大量に採れた場合、それらを一気に市場に出すことによって値崩れが起きる。
 あるいは、農作物の生産コストが上がった場合、市場の価格と生産コストが釣り合わなくなる。いずれの場合も、農家にとっては赤字となる。
 ゆえに、出荷する農作物の量をコントロールし、生産コストに釣り合う価格を維持するために、出荷調整は行われるのである。
 農作物の価格を上げるには、出荷調整以外に方法がないのである。


【出荷調整の問題点】
 出荷調整の問題点は、それが農業縮小の前兆であることにある。
 長期にわたって出荷調整が続くようであれば、農家はわざわざ余分になるとわかっている農作物を作ることはしない。
 こうして、今度は生産そのものを減らす対策が取られる。この結果、農業の生産自体が、縮小してしまうのである。
 ゆえに、出荷調整の長期化は、農業の縮小を招くのである。


【農家の危機】
 現状では、出荷調整のほとんどが豊作を理由にして行われている。
 豊作のような自然的要因による出荷調整は、農業の縮小という問題につながることはない。豊作は何年も立て続けて起きるはまれであり、出荷調整は一時的なものになる。そのため、農業規模の縮小にはつながらないからである。
 だが近年、農家は豊作とは違うとある要因によって、長期的に出荷調整しなければならない状況になりつつある。
 その要因とは、輸送価格の高騰である。


【農業と輸送】
 そもそも、現状の日本農業は輸送に大きく頼っている。
 農林水産省によれば、日本で生産されている農作物のうちおよそ7割は関東・近畿の大都市圏を除いた地方で生産されている。また、その地方から首都圏へ出荷される農作物は全体の7割を占めている。
 さらに北海道・九州などからも、トラックで片道およそ20時間かけて首都圏へ出荷されている。
 日本の農業はこういった輸送を前提として成り立っているのである。
 輸送は農業の生命線であるといっても、過言ではない!
 そしてその生命線のおよそ8割を、トラック輸送が担っている。


【トラック輸送価格の高騰】
 だがこのトラック輸送の価格が、近年高騰しているのだ。
 国土交通省の調査によると、トラックの輸送費は近年、全国平均で1~2割ほど高騰している。さらに北海道・九州地方においてはもっと苦しい状況となっている。現状ですでに関東圏の3倍もの輸送費がかかるこの地方は、全国平均の2倍以上、輸送費が高騰し、前年に比べ、6割増しもの輸送費を請求されたところもある。


【輸送費高騰と農業縮小】
 現在農家は、農家側の利益を削る形で輸送費高騰に対応している。
 しかし、この対応にも限界がある。
 輸送費が以前の水準から1.7倍になると、農家側の利益はゼロになり、農業経営ができなくなる。
 そうなる前に、出荷調整をし、農作物の価格を上げなければならない。
 数年間、出荷調整の必要に迫られると、生産そのものを減らす政策が行われる。
 そうして、生産が減らされ、農業の規模が縮小していくのである。
 現状ですでに1.6倍の輸送費を請求されている地域では、早くて来年には輸送費が1.7倍に達するといわれている。
 農家の危機は、すぐそこまで迫っている。


【農業の重要性】
 農業とは、地方の基幹産業であり、全国でみれば、食の安全保障という、安全保障の一翼を担う、重要な役割を持っている。
 そんな農業が、輸送費の高騰によって、縮小することなどあってはならないのである!


【原因分析】
 ではなぜ、トラックの輸送費は高騰したのか?
 その理由は大きく2点ある。
 1点目、人手不足
 2点目、ガソリン価格の高騰
 以上の2点である。
 まず1点目の人手不足であるが、トラックはもともと一回の輸送量が10トンと、鉄道に比べわずか65分の1と少ない。細かく分けて運んでいるため、人手も多く必要とする。この人手が不足しているのだ。
 国土交通省の調べによると、その人手が、2010年の段階で3万人不足しているとされている。さらに、今後この値は増えるとされており、2020年には10万人の不足が予想されている。
 次に2点目の、ガソリン価格の高騰であるが、ガソリン価格は15年前の水準から、5割高騰している。その上、環境税などの増税も加わった。トラックの消費するガソリンは貨物列車の6倍と多く、ガソリン価格高騰の影響を受けやすいのである。
 これらの苦境に立たされたトラック業界は、やむなく輸送費値上げに踏み切ったのである。
 つまり、人手が多く必要、ガソリンも多く消費する。そんなトラックに頼っている限り、輸送費の高騰は避けられない時代となったのである。
 だが、トラックはおよそ8割を占める、農作物輸送の主流である。
   では、輸送費の高騰は避けることができず、それによって出荷調整が行われ、果てには農業の縮小が起こることは、避けられない運命なのであろうか?


【解決策】
 否!! 方法はある!!
 貨物新幹線の導入である!!
 貨物新幹線とは、新幹線路線を利用する貨物列車のことである。
 貨物新幹線は、一般に新幹線の運行が終わった、夜間に運行し、ダイヤが過密な東海道新幹線は利用しないものとする。
 この政策の目的は一点、一度に大量に運べる鉄道を用いることによって、輸送費を安く抑えることである。
 貨物列車は一度に最大、トラックの65倍、650トンの貨物が輸送可能で、人手をトラックよりも効率的に使うことができる。
 さらには、使用する燃料もトラックを65台使った場合の六分の一である。使用する燃料が少ないということは、燃料費を抑えられるということでもあり、燃料費高騰のあおりを受けにくい、ということでもある。
 しかし、在来線の貨物列車は、ダイヤの関係上、現状より便数を増やすことは困難である。
 だから、今は使用されていない貨物新幹線の導入を進めるのである。
 貨物新幹線導入の結果、遠隔地からの輸送に関しては、従来のトラック輸送に比べ、貨物新幹線は約半分の輸送費に抑えることができるとされている。つまり、一度に多く運ぶことによって、劇的なコスト削減が果たせるのである。
 つまり、貨物新幹線とは、今までの半分のコストでの輸送を実現可能とする、革命的な政策なのである。
 この政策を実現するにあたって、必要なものが二点ある。
 一点目は貨物駅である。貨物駅は、全国31の主要都市に貨物駅を設けるものとする。
 二点目は貨物車両である。新幹線路線に合わせた貨物車両を、46編成新造しなければならない。
 これらにかかる総工費はおよそ8000億円である。
 だが、この金額は一年でかかるものではない。建設にかかる4~5年ほどで分割して払うのである。
 さらには、この政策で得られる利益は農業だけでも約960億円、ほかも含めると約7000億円の利益が見込まれる。
 つまり、二年足らずで採算が取れるのである。


【展望】
 では最後に、これらの障壁を乗り越え、貨物新幹線が導入されたら、社会はどう変わるだろうか?
 農作物の輸送費が半分になり、輸送費の高騰に悩まされることはなくなるだろう。農家は出荷調整の必要性から解放され、農業は縮小の危機を回避し、日本社会は食糧安全保障の危機から一つ脱することができる。
 もう、高騰し続ける輸送費に肝を冷やさなくともよくなるのだ。
 もう、自らの手で、自ら作った野菜を潰さなくてもよくなるのだ。
 そんな社会、実現してみたい、とは思わないだろうか?
 貨物新幹線とは、そんな社会と今を繋ぐ、「のぞみ」なのである。
 ご傾聴ありがとうございました。



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