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演題 「ひとりぼっち」

弁士 石毛季実子(文1)

【導入】
 今日このようにして、憧れていた大学に通い、充実したキャンパスライフを過ごすことが出来ているのも、女手一つで育ててくれた母のおかげです。
 お世話になった母を思うと、私は生涯をかけて親孝行したいと決意しています。母の最期を看取りたい。命の炎が燃え尽きるその時に、そっと横に身を置き、母を安心させたい。私はそう願っています。母親にはどうか、どうか幸せに、最後を迎えてほしい。
 しかしもし、それが叶わなかったら。もし、私が母を残して死んでしまったら、母の最期を看取る人はいないかもしれないのです。人と人との繋がりが希薄化し、市民がバラバラに日常を過ごしているこの現代社会において、孤立して死を迎えるというのは決して考えられない状況ではありません。さらに、もし母の発見が遅れれば、彼女は無残な姿となってしまうかもしれない。あなたは、あなたの両親が、無残な死を遂げてしまうことを望みますか。
 「孤独死」みなさんはこの言葉に何を思うでしょうか。孤独死は、社会の誰からも見放された状態で死体が放置されてしまうということを意味しています。人間の存在を社会が尊重していないことを示す死に方なのです。
 本弁論は孤独死の解決を訴える弁論であります。


【孤独死の現状】
 では、そもそも孤独死とはなんでしょうか。
 孤独死とは自宅で誰にも看取られることなく息を引き取り、相当期間放置されることです。
 厚生労働省によると、年間約15万人が病気や事故により自宅で亡くなっています。
 その内、65歳以上の高齢者の孤独死は約5万人であり、高齢者の5人に1人が孤独死で亡くなっているのです。また、東京都では、孤独死で亡くなってしまった人が約4700人でしたが、そのうち、65歳以上が約2700人と半数以上を占めています。孤独死で亡くなってしまった方々の多くが高齢者の方なのです。このままでは2040年には約20万人が孤独死する恐れがあると言われています。


【国や自治体の対応】
 国や自治体も、一人暮らし高齢者の孤独死を防ぐ対策に乗り出しています。国は自治体に対して孤独死防止対策についてのガイドラインを出し、それを参考に自治体は孤独死を防ぐために様々な対策をしてきました。それは主に2つあります。
 1つ目は民生委員の活動です。
 民生委員とは一般の方から選出されるボランティアのことです。彼らは各自治体の首長から任命されます。
 彼らは主に、一人暮らしの高齢者、身体障害者、認知症の人々に対して、自治体から提供された名簿をもとに訪問、連絡活動などの支援を行っています。
 2つ目は緊急連絡ネットワークの構築です。
 緊急連絡ネットワークとは、自治体が所有する名簿をもとに作られた、高齢者本人と民生委員や病院、各自治体などを繋ぐ連絡ネットワークのことです。自治体は、高齢者に連絡がつかない場合や体調不良の場合に、このような連絡ネットワークを通じて本人の安否を確認し、孤独死の早期発見に努めています。
 しかし、このような対策をおこなっているにもかかわらず、孤独死は増加しています。自治体の対策は、孤独死の増加に対して十分に機能していないのです。


【原因分析】
 ではなぜ、対策が十分に機能していないのでしょうか。
 それは、自治体が作成する高齢者の名簿が不完全だからです。
 民生委員の活動や緊急連絡ネットワークの構築は、各自治体が作成している高齢者の名簿をもとに行われています。
 つまり、この名簿が不完全なものであれば、十分な支援が行われなくなってしまいます。
 民生委員の活動には、氏名、生年月日、住所、電話番号などの基本的な情報が、緊急連絡ネットワークの構築には介護、医療機関の利用状況などの具体的な支援情報がそれぞれ必要になってきます。
 しかし、各自治体がこれらの項目すべてを名簿に記載しているわけではないのです。
 たとえば、氏名、生年月日、住所に関しては自治体のうちおよそ9割が名簿に記載をしており、支援に十分なものとなっています。しかし、電話番号の記載は5割にとどまっており、緊急連絡先や介護・医療機関の利用状況などは、3割以下の自治体しか名簿への記載をしていないのです。
 そのため現在、各自治体では、民生委員による安否確認も十分に行えず、緊急連絡ネットワークも不完全なものとなってしまっています。この結果、これらの対策が全体に行き通らず、死体の発見が遅れてしまうことになるのです。
 ではなぜ名簿が不完全なままなのでしょうか。
 それは、国の指令が不十分だからです。
 現在、国は自治体に孤独死対策のためのガイドラインを出し、各自治体はそれに基づいて対策を行っています。
 しかし、国はおおまかな対策の方針を示すにとどまり、どんな情報を収集するべきなのかということは指定していないのです。この結果、名簿の情報が不十分なものとなり、孤独死対策の遅れにつながっているのです。


【解決策】
 この現状を打破し、孤独死の早期発見を達成するため、私は1点の解決策を提案します。
 それは、名簿の充実化並びに義務化です。
 これは、現在国が自治体に示しているガイドラインに、どんな情報を収集すべきかを記載し、その名簿作成を義務化するというものです。
 具体的には、その自治体に住む高齢者全員の氏名、生年月日、性別、住所、連絡先の基本的な5つの情報に加え、緊急連絡先、本人の利用している介護施設や医療機関の情報などの高齢者支援に必要な情報を収集するものとします。そして、これらの情報は民生委員に対して提供されるものとします。
 このようにすることで民生委員の活動や緊急連絡ネットワークの構築を阻害していた要因を排除することができ、孤独死に対する対策を円滑に行うことができるようになります。
 この結果、自宅で亡くなってしまった方をより早く発見できるようになるのです。


【展望】
 現代社会は人と人とのつながりが希薄化した社会です。この社会が続いて行く限り、その最期を誰にも看取られることなく亡くなってしまう方々は、どうしても出てきてしまうものです。ならばせめて、その方々を出来るだけ早く発見をすること。これこそが孤独死問題の解決です。
 無残な状態で発見されてしまう高齢者の方の多くが、生前に、「放っておいてほしい」、「他人に迷惑をかけたくはない」と言っています。
 しかし、他人に世話をかけないことは必ずしも美徳ではありません。孤独死という万一の事態に対する備えを理解し、周囲の思いやりを受け入れることが必要なのです。
 もし、私の母の命の炎が燃え尽きても、その体は母であることに変わりありません。その母の体が生前の状態で発見されることを願う気持ちは疑いようもありません。
 これから日本は、超高齢化の時代になっていくといわれています。これから私達の社会はより一層、「孤独死」と向き合わなければならないのです。孤独死は決して他人事ではありません。みなさんも、その命を失う時は、社会から見放された、『ひとりぼっち』なのかもしれない。
 孤独死は死の一類型であります。孤独死に無関心ということは人間の死に無関心ということなのです。そして、孤独死の早期発見に積極的に取り組む社会、それは人間一人一人の存在を思いやる社会であると思います。
 そんな社会の実現を願って、弁論を終わらせていただきます。
 ご清聴ありがとうございました。



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