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演題 「第二の火」

弁士 下川真史(法1)

【導入】
 はるか昔。人類は寒さに震え、暗闇の中にいました。
 それを憐れんだプロメテウスは、体を温め、暗闇を照らす「火」を人間に与えました。
 「火」を手にしたことにより人類は文明を築く「第一歩」を踏み出したのです。

 時は流れ20世紀。人類は「第二の火」を手にしました。
 そう! 原子力です。
 人類は太陽と同じ莫大なエネルギーを手に入れたのです。
 そして人類はその巨大なエネルギーを利用して、人間の生活をよりよく、より豊かにするものを作り出しました。
 そう、それは皆さんご存知「原子力発電」です。
 現在世界に436基の原発が存在しており、約72基が建設中、さらに約176基が建設予定です。
 このように、フクシマ以後も欧米先進国、中国等の発展途上国の殆どにおいて、原発の維持・増設は重要な国家戦略なのです。
 勿論日本にとってもそれは同じことです。
 
 現在、安倍政権では「原発再稼働」を主要政策の一つとして位置づけています。
 そこでは原発の「経済性」や「エネルギーの多角化」が期待されています。
 「経済性」としては、他の発電方法よりもコストパフォーマンスがよいこと、「エネルギーの多角化」としては、化石燃料依存の解決策として原子力エネルギーの重要性が高まっていることなどが主な理由となっています。
 再稼働自体も順調に進められており、実際に原子力規制委員会、地元自治体の許可を取り付けた九州電力川内原発は来年には再稼働する予定です。
 したがって、今後、日本が明確に「原発再稼働」に向かって舵を切る以上、我々は原発に関わる政策、すなわち「原子力政策」に目を向けなければならないのです。
 ここでいう原子力政策とは原発の運用・保守点検に関する政策のことを指します。
 原子力政策の中で最も大切なことは、原発の「安全性」の担保です。
 日本は、世界有数の災害大国であり、大規模災害の発生するリスクをゼロにすることはできません。
 そのなかで安全性を最大限向上させなければなりません。
 しかしながら、現状の原子力政策には大きな、とても大きな問題があるのです!
 本弁論は、現状日本で行われている原子力政策の問題点を分析し、その解決策を提示するものである。


【現状分析・問題点】
 まず最初に、日本の原子力政策はどうあるべきか?
 私はそのあるべき姿を、「どのような事故が発生しても、十分な安全性が担保できる政策」と定義したい。
 先ほども申し上げた通り、日本は世界有数の災害大国です。
 「想定外」を言い訳にして、福島のような悲惨な事故を二度と起こしてはなりません。
 そのため原発の安全対策を事前策・事後策という観点から分析し対策を講じたい。
 事前策とは原発事故が起こる「前」の安全策のことを指します。
 これらについては既に対策が講じられています。
 事故後各電力会社は外部電源の増設や耐震性強化等に数千億円規模の設備投資を行い、今後も強化される予定です。
 さらに設備の欠陥が生じた根本的原因である行政の規制不十分も、強力な権限を持ち独立性の高い原子力規制委員会の発足によって解決されました。
 これによって原発の安全基準は「世界一厳しい」ものになりました。
 では事後策、事故が発生した「後」の対策についてはどうか。
 フクシマでは事前に緊急事態を想定した訓練を行っていなかったことなどにより、被害が拡大しました。
 一例として、原発の全電源が喪失した後、外部から電気を調達しようと試みたが、作業員がプラグの規格を把握していなかったせいで、調達に大幅な遅れが出たことなどが上げられます。
 しかもこの事後策についてフクシマ以後も殆ど対策が講じられず、不十分なままです。
 つまり、現在日本では、原発が危機的状態に陥る可能性は極めて低いが、一度緊急事態が発生してしまえば、それに効果的に対応することは難しい、ということなのです。
 日本は立地上大規模災害のリスクをゼロすることは出来ません。
 いくら事前策を講じたとしても事後策が有効に機能しなければ意味がありません。
 事故の発生を前提とした上で、かりに発生してもそれを最小限に、あくまで小規模に抑える必要があるのです。


【原因分析】
 では何故、現状の事後策では、原発事故に対して効果的に対処出来ないのか。
 その原因は主に二点。
  一点目:有事における電力会社の機能不全
  二点目:現場人員の訓練不足

 まず一点目の「有事における電力会社の機能不全」について説明します。
 現行の法制度では、原発の運営主体、つまり各電力会社が平時から有事まで原発の安全性を保障し、問題が生じた場合賠償を行う責任を負っています。
 つまり、有事に事故対応を行う真の主体は電力会社なのです。
 政府はあくまでサポート役に過ぎません。

 では現状、電力会社は安定して事故対応を行えるのでしょうか?
 残念ながらその可能性は極めて低いのです。
 東電の例を挙げましょう。3.11後、東電の株価は一か月で十分の一も急落し即座に深刻な経営危機に陥りました。
 倒産しては事故対応ができません。
 そのため政府が中心となって巨額の財政支援が行われ、実質的に国有化されました。
 電力会社が事後作を円滑に行うには、資金調達や人員の確保などが安定的に行える必要がありますが、現状ではそれが難しいのです。
 
 次に二点目の「現場人員の訓練不足」について。
 先程も述べたことですが、フクシマ以前の電力会社は全電源喪失のような深刻な事態を想定した訓練を行っていませんでした。
 それが原因で、フクシマの事故は深刻化しました。
 先日行われた東電柏崎刈羽原発の訓練の様に、事故後も全電源が喪失しても、すぐに回復する想定で訓練が行われるなど、いまだに不十分な訓練しか行われていないのが現状です。
 原発のプラントは様々な技術の集合体です。
 原子炉圧力容器・発電用タービン・冷却用配管等々。
 万が一の時には高い放射線が飛び交うなか、これらを正確に・迅速に修理しなければなりません。
 ですからそれを見越して、現場の人間の対応力そのものを向上させなければならないのです。


【解決策】
 これら「電力会社の有事における機能不全」「現場人員の訓練不足」を解決し、原子力政策のあるべき姿を実現するため、以下二点の政策を提示します。
  一点目:原発の国有化
  二点目:現場人員の訓練強化

 最初に、「原発の国有化」について説明します。
 これには現在日本にあるすべての商業用原発を対象にし、各電力会社の原子力部門を政府が全額出資する株式会社に統合します。
 原発の運用や保守点検だけを国が担当し、電力の小売りなどは他の民間企業が行うものとします。

 この国の全面的バックアップにより、資金・人員の調達は容易になり、不安定な市場に振り回されることもなくなります。
 国が責任をもって原発の安全対策に取り組むのです。
 原発の事故対応を、民間企業に背負わせるには重すぎることは先ほども述べました。
 この政策により、電力の販売は従来通り「民間」が、安全性の担保と事故対応は「国」が行うという分業体制が確立し、効果的な原発の管理・運営が可能となるのです。

 次に、「現場人員の訓練強化」について説明します。
 これについては「訓練施設の建設」と「訓練自体の強化」の二方面からアプローチします。
 これまで日本には有事に作業員が作業を行う原発全体の訓練施設はありませんでした。
 ですからこれを建設し、実際の原発に限りなく近い環境で事故の訓練を行えるようにします。
 そしてここや実際の原発で行う訓練の形式については、これまで行われていた様に事前に与えられたシナリオ通りに訓練を行うのではなく、事前にシナリオを教えず、現実に近い状態で行うブラインド訓練でもって全て行うものとします。
 訓練の内容はフクシマの教訓を取り入れ、全電源喪失・高い放射線等の深刻な事態を想定したものとします。
 これらを訓練施設においては毎日、実際の原発においてはこれまでの倍・年2~3回行うことにより、現場の対応力は格段に上がります。


【結び・展望】
 これら2つの政策、「原発の国有化」「現場人員の訓練強化」によって原発の安全性は向上し、「どのような事故が発生しても、十分な安全性が担保できる」原子力政策のあるべき姿が実現します。
 国会事故調査委員会は福島の事故を「人災」と結論付けました。
 スリーマイル島事故もチェルノブイリの事故も原因は人為的なものでした。
 プロメテウス「第二の火」を希望の火にするのか、それとも破壊と絶望をもたらす火とするのか、それは人間の側の心がけ次第なのです。

 ご清聴ありがとうございました。



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