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演題 「經世濟民」

弁士 高岡瞭(経営4)

【導入】
 経済ハ、古ト今ト時ヲ異ニシ、中華ト日本ト俗ヲ異ニスレドモ、是ヲ行フ術ハ、少モ異ルコト無シ。
 天下国家ヲ治ルヲ経済ト云。世ヲ経シテ民ヲ済フト云義也。

 日本に経済という言葉を広めた太宰春臺は時代や国が違えども、経済の方法論は変わらず、世を経め民を済うことが、経済だと言いました。
 資本主義社会の下では貧困や失業といった問題から逃れることはできず、常に不確実なものと向き合わなければいけません。

 このような中で我々はどこに安定をみいだせるでしょうか?
 安定に必要なことは何でしょうか。
 それは経済成長です。
 経済が成長するから、失業者が減り、困っている人を救うことができます。経済成長はわたしたちの暮らしを安定させるのです。


【日本の経済】
 話を日本の経済に移すと、アベノミクスと呼ばれる経済政策が着実に動き始めています。
 経済は成長し、失業率も回復し、有効求人倍率も1を超えました。
 ここまでは短期的な話です。

 問題はこの成長が長期的に続くかどうかです。
 長期の経済成長は潜在成長力によって決まります。
 現状の日本の潜在成長率は0.9% であり、今の失業率を維持するためには1.5%程度の成長率が必要です。
 このままでは長期的に失業率が上がってしまいます。
 この水準はアメリカ、イギリスはもとより、日本と同じく生産年齢人口が減少しているドイツよりも低い状況にあります。


【労働生産性の向上】
 次にこの潜在成長率を押し下げている要因をみていきます。
 1970年から40年間の日本経済の成長と停滞の要因を就業率や労働人口などの要素ごとに分解していくと、最も影響を与えているのは労働生産性です。
 この労働生産性の中でも問題となっているのは労働投入のシェアの低さです。
 労働投入のシェアとは労働者が市場において効率的に配分されているかつまり、労働市場の流動性を意味します。
 このことから労働市場の流動性の低さが潜在成長率を引き下げる要因となっていることがわかります。
 労働者が同じ職場にとどまっているのではなく、より高いパフォーマンスが発揮できる職場に移ることが成長には不可欠です。
 今求められていることは労働市場の改革です。
 労働市場の改革によって生産性を高めなければいけないのです。


【労働市場改革】
 ここでは、デンマークやドイツなどのヨーロッパ諸国で行われた労働市場改革を参考にみていきます。
 これらの国々では柔軟な労働市場を整備し、手厚い社会保障で労働者の生活を守る政策がとられました。
 その結果、経済成長率は高まり、失業率も低下していきました。
 このような労働市場改革は主に2つの要素から成り立っています。
 それは「柔軟な労働市場」と「労働者に対するセーフティーネット」であります。

 先ず、柔軟な労働市場についてです。
 主にヨーロッパや北欧でとられた解雇規制の緩和とその影響を見ていきます。
 OECDの報告書を参考にすると、そこでは解雇規制の強さを指標化し、その指標と労働市場のパフォーマンスの関連を述べています。
 それによると、解雇規制の緩い国では労働者の流出と流入が有意に高まり、長期間の失業率が有意に下がる事が述べられています。
 この背景には、解雇規制の緩和によって解雇がし易くなる一方、賃金など労働コストが柔軟に動くことで、労働者を雇い易くもなるということがあります。
 解雇規制の緩和は労働移動を促し、長期の失業を減らすことが分かります。

 また解雇規制が家計に与える影響を見ていくと、解雇規制が緩和されている国では所得に対する支出の割合が高まる傾向にあります。
 解雇規制が緩和されている国では、労働市場の流動性が高まり、次の仕事を見つけ易く、将来への不安が軽減される、その結果として消費が拡大するのです。

 では解雇規制の緩和が失業率を上げるのではないかという懸念についてみていきます。
 そもそも失業率は経済活動の結果であり、法規制と直接には関係していません。
 OECD諸国の事例を見ると失業率は主に経済成長率と負の相関性があり、失業率と解雇規制の間に有意な関係性を見出だすことはできません。

 続いて解雇規制に関する日本の現状に話を移します。
 日本の場合、民法上解雇は原則自由ですが、判例に基づく解雇権乱用法理によって解雇規制が厳しくなっています。
 実際に、OECD諸国のなかでは解雇が困難な国として位置づけられています。
 強固な解雇規制が労働市場を硬直化させ、一度職を失うと次の職を見つけにくくしているのです。

 次に、労働市場改革に欠かせない、労働者に対するセーフティーネットについて見ていきます。
 日本では失業者に対するセーフティーネットが不十分であるといわれており、とりわけ2009年のリーマンショック時はそのことが顕著に現れました。
 リーマンショック後の世界的な不況のなかで失業保険の給付を受けていない失業者の割合を見ていきますと、ドイツやフランスでは10%台、イギリスでは40%でありましたが、日本ではなんと77%でありました。
 これは、先進国の中で最悪の水準でした。
 派遣労働などの非正規雇用者のセーフティーネットの整備がおろそかなため、日本の労働者は国際的にも極めて厳しい状況におかれているのです。


【政策】
 以上のことを踏まえて次の政策を提案します。
 解雇規制の緩和と新たな失業給付制度の創設です。

 先ず解雇規制の緩和ですが、これは勤続年数などに応じた金銭の支払いを義務とすることで企業側からの解雇を認めていくものです。
 このような金銭による解雇は他のヨーロッパでも見られる制度であり、労働市場の流動性を高め、失業者の職を担保し、長期の失業者を減らしていくのです。
 近年、一部の製造業を除いて終身雇用が崩壊している中、職を失った後に次の職を見つけやすくする必要があります。
 失業におびえている労働者にとって失業状態が長期化せず、短期間で別の職場に移れることが重要なのです。
 その事が将来への不安を軽減させます。
 このように解雇規制の緩和が労働市場の流動性を高め、失業者の再就職を容易にし、長期の失業者を減らすのです。

 しかし短期の失業者がいるため必要となる政策は新たな失業給付制度です。
 これはドイツでとられた制度を参考にしたセーフティーネットです。
 この制度を日本に当てはめると、生活保護制度から就労可能な失業者を分離するものです。
 従来では生活保護が最後のセーフティーネットとなっていました。
 そこで生活困窮者を現行の制度の基準を用いて就労可能者とそうでない人に分類し、就労可能者には国からの失業給付を行うようにするのです。
 現行制度において、国は生活保護費を国庫負担と地方交付税によって自治体に給付していましたが、それらを国庫に戻し、国が直接提供するサービスとして行います。
 この事によって均一的で、安定したサービスの提供が可能となります。
 もちろん無条件で失業給付を支給するのではなく、ドイツのように就職の斡旋や職業訓練などを受ける義務を課すのです。
 この政策によって現行の失業給付の対象から外れている失業者は生活保護と同じ給付水準を受けることができます。


【まとめ】
 以上のように解雇規制の緩和によって労働市場の流動性を高め、新たな失業給付制度により労働者の生活を守るのです。
 労働市場の流動化は労働者を生産性のより高い分野への移動を促します。
 それが潜在成長率の上昇につながります。
 今行われている短期の政策である金融政策と財政政策だけではなく、私の掲げた長期の政策を実行することで成長率は1.5%を超えます。
 このような経済成長のもとでは所得や生活水準が高まり、長期の失業者が減り、生活は安定するのです。


【展望】
 資本主義社会における成長が社会の安定になる。
 それはまぎれもない事実です。
 単なる、成長至上主義ではありません。
 成長しなければ安定を享受できないのです。
 成長しているからこそ困っている人を救えるのです。
 成長がわたしたちの生活を豊かにします。

 経済と言う言葉の語源となっている經世濟民は「世を經め、民を濟う」と言う意味です。

 生活の安定は古今東西誰しもが求め続けてきた事です。
 何もせずに安定を得ることはできません。
 安定を実現するには経済成長が不可欠なのです。

 いま求められているのは、経世済民の本義に根ざした経済運営なのであります。

 以上、ご清聴ありがとうございました。



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