このページを閉じる
演題 「みんな同じ人間なのに……」

弁士 田中雅子(文1)

【導入】
 同じ人間なのに、地獄の底を見ながら生活している人がいる。
 同じ人間なのに、社会から遮断された生活を送っている人がいる。
 この世には様々な、そして数多くの不条理があります。
 それを1つひとつ見直し、正していくことが、より良い社会のために必要です。

 様々な不条理の中で、私は死刑制度に注目しました。
 その理由は、私が高校1年生の時に遡ります。2010年8月に、東京拘置所の内部が公開されました。
 今まで私の生活に影さえも現さなかった死刑。
 しかし、初めて「死」を人の手で与える刑罰の現場を見て、何とも言えない怖さ、そして違和感を抱きました。
 このことから死刑制度を身近に感じ、死刑についてもっと知りたい、よく考えなくては、と思っていたからです。


【凶悪犯罪発生のメカニズム】
 同じ人間でも、当然のことながら人それぞれ能力や才能、ひいては生活レベルに違いがあります。
 だからこそ私たちは他者をうらやみ、妬み、憎み、負の感情を抱いていきます。
 自分にはお金がないのに、あの人にはお金がいっぱいある。
 私はこんなに不幸なのに、あの人たちは幸せそうだ。
 みんな無視するから、一大事を起こしてでも社会から注目を浴びたい……。
 ここで私が述べたいのは、凶悪犯罪者はよりそうした負の感情を抱きやすい環境にいたということです。
 事実、津田塾大学の研究調査によりますと、およそ8割もの受刑者が、過去に精神的・身体的虐待を受けたことがある、といいます。
 このデータから、凶悪犯罪者がいかに負の感情を抱きやすい環境にいるかがわかります。

 凶悪犯罪の発生メカニズムは様々あり、一概には言えませんが、多くの犯罪の根底には〈抑圧〉-〈解放欲〉-〈攻撃〉というテーマがあります。
 凶悪犯罪の原因となる〈抑圧〉には、政治・経済的要因、社会・文化的要因、心理・生理的要因、などが挙げられます。
 これら全てに共通するのは、多かれ少なかれどれも外部からの圧力だ、ということです。
 しかしこの〈抑圧〉は人によって感じ方は異なります。
 感じ方は、その人の主観的な考え方・性格もまた、その凶悪犯罪者の周辺環境に特に強く影響されて形成されるのです。

 つまり、凶悪犯罪者は社会からの圧力である〈抑圧〉を、社会によって形成された主観的な考えで危機と感じたとき、その危機からの〈解放〉を求めて、〈攻撃〉である犯行に及びます。
 だから、凶悪犯罪者は社会の影響もうけて誕生しているのだと言えるのです。


【死刑制度の問題点】
 しかし死刑は、彼らを社会から永遠に排除することによって事件の解決を図るという構造をとっています。
 凶悪犯罪は社会も要因とする問題であるのに、事件を引き起こした犯罪者を取り除いて社会の安定を図ろうとしています。
 凶悪犯罪者に救いの手を差し伸べることが、必要なのです。
 それが本当の、社会の正しい責任の取り方だと思いませんか。


【解決策】
 だから私は、死刑制度の廃止を求めます。
 また、凶悪犯罪者は割くほど述べたように、社会の影響も受けて犯罪に及んでいます。
 そのため、社会が後世への道筋を用意することが必要です。
 だから私は、犯罪者の攻勢を目指した、仮釈放のある無期懲役刑を最高刑にすることを求めます。

 凶悪犯罪者を更生させるためには、犯罪者にも一般社会にも、他者の気持ちを理解させる教育が必要になります。
 犯罪者に対しては、就労によって社会へ組み込む努力を促し、私たち一般社会に対しては、社会構成員としての積極的受け入れを行うことが必要です。


【就労支援の必要性】
 そもそも、犯罪者への就労支援はなぜ必要なのでしょうか。
 犯罪者は社会に加わることによって多くの人と関わりを当然のこととして課せられます。
 そうすることによって他者を思いやる気持ちが芽生えやすくなるのです。
 また、凶悪犯罪者は本当に社会復帰をしようとしているのでしょうか。
 実際、死刑囚の中にも「死ぬことより、生きて自分が犯した罪を一生かけて償うほうが辛いことであるけれど、それでも生きて償いたい」と語る死刑囚はいます。

 そうした凶悪犯罪者のためにも、更生・就労支援施設の設立が欠かせません。  犯罪の要因には、犯罪者の性格や考え方もあるのですから。
 つまり、彼ら犯罪者も社会に積極的に参加するように促さなくてはいけません。

 それを解決するためには、更生・就労施設の設立が欠かせないのです。
 現在の日本には、一応受刑者の更生のための施設はありますが、そのほとんどが身体や精神に障害のある受刑者向けであり、一般の受刑者への就労支援は進んでいません。
 そのため、出所しても受刑者が社会に馴染めず、また社会が受刑者を受け入れず、職にありつけないのです。
 そして生活が成り立たなくなり、再犯に手を染めることになってしまいます。
 だから、生計を立出られる手段を与えるためにも、新たな更生・就労施設の設立が必要なのです。


【解決策(具体的方法)】
 具体的な方法としては、無期懲役判決後の最低15年をひたすら自分の罪と向かい合わせる時間として、道徳教育を行う宗教家である教誨師との対話や、長い反省分の提出を強制します。
 そしてそれぞれの犯罪者の反省度合いに応じ、仮釈放に向けた更生・就労支援を行うのです。
 この時期の受刑者への評価は、看守や更生・就労施設の担当者などの複数人が行います。
 その後、5年以上の就労支援を経て、看守や施設の担当者の他、仮釈放後の就職先の人たちといった大勢の手により、犯罪者は粗鋼を観察・判断され、更生したと認められた者に限り、仮釈放が認められるシステムにします。

 つまり、更生の意志が強い受刑者は出所が早まり、更生の意志がない受刑者は出所ができません。
 このように、犯罪者1人ひとりの更生の度合いに応じて懲役の年数も変え、積極的な更生を促すのです。

 また、更生した犯罪者が一般社会で生活できるように、刑務所の中だけでなく、私たち一般社会も変わる必要があります。
 例えば学校で、人とのつながりを感じさせることで自分も他社も社会の一翼を担う人間なのだ、と自覚させる教育を行うこと。
 そのような教育を通じて、コミュニティーに一員として誰も彼も互いに受け入れることの大切さも学んでいきます。

 行刑過程でも、幼少期の教育でも、みんな同じ1人の人間であることを意識し、他人の痛みが分かれば、社会の負の部分の集約としての凶悪犯罪が減少し、より良い社会になるのです。

 現行制度ならば死刑を宣告される人に、どうしてここまで手をかけなければいけないのかと思われるかもしれません。
 でも、彼らが犯罪者となりえてしまう環境を創った社会にも少なからず責任があります。
 確かに凶悪事件の犯人は死んだ方が社会は安全になるという意見もあります。
 しかしそれは一時的な効果でしかないのです。
 社会への償いとして、労働し、被害者・被害者遺族への償いとして自らの犯した罪と向き合い、反省させるのです。

 現行の死刑制度ではたとえ自分の罪の大きさに気付き後悔しても、その思いを還元する場が一切ありません。
 だから、死刑を廃止し、無期懲役刑を最高刑とする必要があるのです。


【展望】
 誰しも大なり小なり間違いは侵すものです。
 でも、人は生きている限り更生の可能性も秘めているのです。
 だからこそ、確かに凶悪犯罪者は決して許されない、取り返しのつかないことをしてしまったけれど、どうか彼らに更生のチャンスを与えてあげてください。
 みんな、同じ人間なのですら。
 そして、社会全体を、私たちの力で良くしていきましょう。

 ご清聴ありがとうございました。



▲ページトップへ
このページを閉じる