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演題 「都市の命、地方の命」

弁士 白木晴夏(法1)

【導入】
「いくら待っても救急車は来なかった。目の前で死んでいく父をどうすることもできなかった。」
これはわたしの友人の言葉です。4年前のある日曜日、近所に住んでいたよく知る男性はぜんそくの発作に倒れました。
家族は救急車を呼びましたが、その男性は、救急治療を受けることなく、45分後、救急車が到着する前に息を引き取りました。
都市部では助かる命が田舎では見捨てられる。病院に近い人は助かり、遠いと助からない。このような命の格差があって良いはずがありません。
【現状・重要性】
 「救急医療は時間との闘い」といわれますが、救急医療の地域間格差、これは救急患者の搬送にかかる時間の差によっておこります。
現在の救急搬送の手段として最も一般的である救急車による搬送時間を見てみると、その深刻性がわかります。搬送時間が最も短いのは東京都で平均約15分。
これに対し、北海道は約100分、長野県では90分と、都道府県によっては六倍もの格差が存在しています。
これによって1万人もの、助かるはずの命が失われているのです。これが命の格差であり、一刻も早く解決しなければいけません。
【問題点】
それではここでの問題はなんでしょうか。
それは、患者と医師の距離が離れていることです。
現在、救急医療病院の中でも特に高度な技術を提供できる救急救命センターは、県人口100万人あたり最低一か所設置されています。 しかし、地方では人口が偏在しており、患者と救急医はかなり離れてしまっているのです。
それでは政府はこの問題に対してどのような政策をとっているのでしょうか。近年、政府は「ドクターヘリの導入」を推進しています。

ドクターヘリとは、救急医療用の医療器具を装備したヘリコプターであり、救急専門医並びに看護士が乗員して現場に向かいます。
そして患者を医療機関まで搬送するまでのあいだ、救命医療を行うことができるものです。
現場到着後すぐに高度な救急治療を開始でき、さらに交通渋滞に巻き込まれることがなく地形も影響しないので、救急車の最大1/5の時間で搬送することができます。
救急車が患者を医師のもとまで搬送するのに要する時間は平均して47分。一方でドクターヘリによって医師が現場まで駆けつける時間はなんと25分なのです。
1分1秒を争う救急医療では、搬送時間を短縮は必要不可欠です。
出血多量の例では、時間経過と死亡率の関係は、47分で死亡率9割であるのに対し、25分では3割にまで死亡率は低下します。以上のようにドクターヘリによる救急搬送は患者の命を救う効果的な手段です。

そこで政府は平成19年、「ドクターヘリを地域の実情を踏まえつつ全国的に整備する」ことを宣言し、5年という目標期間を掲げました。しかし五年たった今でも、ドクターヘリ導入は27道府県にとどまっています。
このようにドクターヘリの導入はあまり進んでおらず、うまく機能していないのです。
【原因】
では、これらの問題の原因は何でしょうか。
1.運航費用の問題
2.運行可能時間の限界
3.救急専門医の不足
以上の3つです。

まず1点目「運行費用の問題」について。
各都道府県がドクターヘリを導入するにあたってまず課題となるのが費用の問題です。
ドクターヘリ一機に対してかかる費用は年間約2億円。現在、その半分を国費、残りの半分を各自治体でまかなうことになっています。
しかし、年一億円の負担は決して小さくなく、財政難である地方の県ほど導入が遅れている現状があります。
「ドクターヘリを地域の実情を踏まえつつ全国的に整備する」と掲げた政府ですが、費用の問題が解決されない限り、全国的な導入は困難です。

つぎに2点目「運行可能時間の限界」について。
緊急治療が必要な急病、事故は24時間いつでも起こりうることです。夜中の交通事故、寝ている時の発作…一刻も早く患者を救急指定センターに搬送する必要があります。
しかし、現在、航空法により、ドクターヘリ専用機は日中しか運航することができず、夜間の運航は認められていません。現状では夜間の救急患者は見捨てられているのです。

三点目「救急専門医の不足」について。現場に出動しヘリ内で患者の治療をするという点でドクターヘリ制度のなかで最も重要な役割をはたす救急専門医。その絶対数が不足しています。
例えば、大規模事故の際、救急患者の数が多い場合は専門医だけでは対応できません。ドクターヘリを導入した後も、現場対応で救急専門医の不足は大きな課題です。
以上、運航費用の問題、運行可能時間の限界、救急専門医の不足の3点からドクターヘリの導入が進まず、うまく機能していないのです。
【解決策・根拠】
そこでこれらの原因に対してわたしは以下の3つの政策を提案します。
1.ヘリ運行に対しての医療保険適応
2.夜間における防災ヘリとの連携
3.救急救命士の医療行為拡大
以上の3つです。

1つ目「ヘリ運行に対しての医療保険適応」について。自治体負担の制度では、財政難の自治体での導入は難しい。
そこで公費負担に加え、ヘリの運行費用を医療保険制度に組み込み、利用者に費用の一部負担を求めます。
ドクターヘリは機内での治療を補助するものであり、医療行為の一部として扱います。これはアメリカやドイツ、スイスなどで実際に導入されている制度で、これにより各自治体の財政状況にかかわらず全国でのドクターヘリ設置が可能になります。

つぎに2つ目の「夜間における防災ヘリとの連携」について説明します。夜間運航を行うとのできないドクターヘリ。それを補えるのが防災ヘリです。
防災ヘリの操縦士は訓練された陸上自衛隊であり、さらに夜間用の照明器具設置により、なんと夜間の運航が可能なのです。日中のドクターヘリ。そして夜間の防災ヘリ。防災ヘリのドクターヘリ的運航を各自治体で推進することでヘリ救急搬送の24時間体制が可能になります。

最後に3つ目の「救急救命士の医療行為拡大」について。救急専門医の不足がドクターヘリ導入に与える影響は先ほど述べたとおりですが、これを補うものとして救急救命の処置を専門とする救急救命士がいます。しかし、救急救命士は心肺停止状態の患者に対し医師の指示なしで特定の処置をほどこすことはできません。
そこで、救急救命士法を改正し、救急救命士が独自の判断で行える行為を増やします。これによって高度な技術を要する手術を除く一定の救命活動は救急救命士が現場で自由に行うことができます。
実際に、政府は昨年の震災の時、医師の指示がない場合の救急救命士の救命活動を特例として許可しました。しかし震災に限らず、平常時でも医師の指示ができない状況があることを考えれば、救急救命士法の改正は必要不可欠です。
法改正により、救急救命士が行う処置範囲が広がり、多重事故など多くの人出が必要となる場合、効率的に作業を行うことができるようになります。
以上3点の政策により、自治体でのヘリの導入が進み、24時間の救急医療体制が確立し、そして現場での対応の処置効率が上がります。それによって搬送時間の短縮につながり、多くの命が救われることになります。
【展望】
現在、医療過疎といわれる地域では助かる命が助からないケースがあります。
冒頭の男性のもとへ救急車が到着するまで、その間約45分。
なかなか到着しない救急車を待っているそのとき家族が感じたであろう無力さ、情けなさ、くやしさはありありと想像できます。
このような悲しいことがいまこの瞬間も起こっているのです。
あのとき救急搬送の現状を知ってしまったからこそ、この弁論で訴えたいものがあります。日本国内のどこにいても救急治療が受けられる。住む場所に関係なく、救われるべき命が救われる社会でありますように。
ご清聴ありがとうございました。



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