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演題 「畳の上の安全保障」

弁士 紙屋宏志 (法1)

【導入】
「柔道は心身の力をもっとも有効に使用する道である。身体精神を鍛練修養し、道を体得することで、己を完成し、世を補益することが究竟の目的である」と、近代柔道の父と言われた嘉納治五郎は言いました。
柔道は、体力を高め、礼法など伝統的な行動様式を私たちに教えてくれます。それらを学び身に着けることは、有意義なことではないでしょうか?
稽古や試合で相手のみならず自分自身に負けないよう日々汗をかく事、これが中学高校6年間、畳の上での稽古を通じて私が身につけたものでした。

学習指導要領改定により2012年から中学校で武道が必修化することはみなさんご存じでしょうか?
その中で、全国の約七割の中学校が柔道を取り入れることから、中学生のほとんどが柔道を経験します。私も一経験者として、同じ畳の上で切磋琢磨しあう仲間が増えることはすばらしいことだと感じています。
また子供の体力が低下している現代、教育の場で武道が取り入れられることで、授業で日本の伝統文化に触れられ、部活を通じて体力、精神力が身につくことから、武道には、社会的に大きな期待も寄せられているのです。

【問題点】
しかし、この学校教育のもとで行われる柔道で決して見過ごせない重要な問題が存在します。
それは「柔道事故問題」であります。柔道事故とは、柔道の練習中において発生した死傷事故のことです。

学校管理下、すなわち学校の授業と部活動で発生するスポーツ事故を調査する名古屋大学准教授内田良氏によると、1983年から2010年までの28年間で、死亡事故が114件、障害事故が275件発生しています。
部活動を行っている生徒10万人あたりに生じた死亡事故件数を比較すると、他のスポーツや柔道以外の武道が軒並み0.5人未満であるのに対し、柔道は2.8人と突出して高い数値をとっています。

つまり学校で行われるスポーツや武道のなかで柔道が一番危険であり、部活で柔道をする生徒が死亡事故にあいやすいのです。
柔道による死亡事故や障害事故は、投げられた際に後頭部を強くうち、脳表面の血管が切れて急性硬膜下血腫になる場合が多いのです。
そのような場合、手術をしても間に合わず、死亡または麻痺など重い障害が残ってしまいます。
ゆえに、柔道事故は未然に防ぐことが絶対条件となります。

来年度新しく中学校1・2年生になる生徒は全国で約240万人です。全国の中学校の7割が柔道を選択する事実と考え合わせると、武道が必修化すると、約170万人の中学生が柔道に触れることになります。 学校という教育現場において、このような事故が発生するのは、決して望ましいことではありません。

子供たちを大きく成長させることのできる柔道。授業や部活動で行うこの柔道で、大切な子どもの命が失われるのは、学校教育の信頼を損ねるだけでなく、柔道本来の意味も成しません。
このまま死亡確率が変わらなければ、事故による死者数は、大幅に増えてしまいます。

【事故の危険性】
これは部活動だけの話で、授業の危険性を示せていないとの批判があるかもしれません。
しかし、部活動と授業に関係なく、ある共通の危険性が存在します。
それは「頭を打撲すること」であります。

柔道事故の死亡者の内訳を見ると、70%が頭を強く打ちつけたことによる頭部外傷でした。先ほど述べたように、投げられた際に頭部を打撲してしまえば、急性硬膜下血腫になってしまいます。実際、授業や部活動、いずれの場合も頭部外傷が死因として共通しています。

つまり、頭部を打撲する危険性を除去しない限り、学校管理下において柔道事故を減らすことはできません。
頭部を打撲することがなくならない限り、子供の命はこれからも失われつづけてしまうのです。

【現状の対策】
では、柔道事故を減らすために現状どのよう対策が取られているのでしょうか?
文部科学省は武道必修化に際して、事故を防ぐための安全な環境設備に予算を注入しています。全国にある武道場が未整備のすべての中学校に、約70億円を武道場整備のために用意しています。2012年には全ての中学校に安全な武道場が整備される予定です。

全日本柔道連盟は、指導者に対し、安全な指導方法を記したマニュアルを配布しました。 また、医療知識や事故の発生した場合の対処法などを教える安全講習会を開き、安全意識の啓蒙と知識・技術の習得を図っています。

【現状の対策の瑕疵】
安全な環境が整備され、指導者への研修が充実し、事故が発生したときの対処法もマニュアル化されました。
これで問題は解決だ、と思われるかもしれません。
しかし、これでは死亡事故を減らすことができないのです。
なぜならば、柔道事故の根本の原因である頭を打撲することによる頭部外傷への対策がなされていません。生徒の生命をつかさどる「頭部の保護」に手がつけられていないからです。

【現状の対策瑕疵発生原因】
柔道の伝統的な身体防衛法である受身の動作は、頭部を打撲しやすい動作になっています。
必修化により柔道が学校教育、部活動に取り入れられた以上、頭部を守る安全対策は徹底して行わなければなりません。

【政策】
私は安全な柔道を実現するために、以下の政策を提案します。
それは『初心者への柔道用ヘッドギアとマウスガードの着用の義務化』であります。
これは、柔道特有の動作によって生じる頭部打撲を防ぐ目的で行うものです。
柔道用ヘッドギアは、アメフト、ラグビーなどで用いられるヘッドギアと類似したもので、頭部を打撲した際の衝撃を緩和させます。
マウスガードは、口の中の怪我を防止するものですが、かむことによって、危険な頭部の怪我を引き起こす可能性のある脳震盪を防止することができます。
柔道と同様に身体的接触が多く事故が多発していたアメフトでは、マウスガード導入により、死亡事故を4分の1に減らすことが出来ました。

学校管理下において起きる死亡事故の約9割は、柔道を始めてから2年以内の生徒です。義務化の対象である初心者は、学校管理下で柔道をはじめてから2年以内の者とします。
そして、指導者がそのような初心者にこれらの器具を身に着けさせなかった場合には、全日本柔道連盟が、指導者資格をはく奪する等の罰則を設けます。

以上の政策を行えば、学校管理下における柔道の死亡事故を減らすことができるのです。

【展望】
柔道は礼に始まって礼に終わるものです。そして安全に始まって安全におわらなければなりません。
畳の上で相手と直接向かい合い全力で組合い、駆け引きをする。畳を降りた後も、日常生活で直面する幾多の困難にたちむかうとき、得られた体力・精神力が、事をなすための推進力となるのです。
柔道で得られたことをその後の人生に生かすためにも、これから柔道を始める子供たちのためにも、畳の上の安全は保障されねばならないのです!
これから学校で行われる柔道が、安全に行われることを願って本弁論を終了します。
ご清聴ありがとうございました。


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