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演題 「共に生きる」

弁士 岡宮久規 (農1)
かつて、人と動物は共存関係にありました。日本という限られた国土の中で、互いが互いのテリトリーに入り込むことは避け、平穏に暮らしてきました。

しかし、近年その関係が崩れ初めてきました。 かつて山で暮らしていた動物たちが人里に進出し、害を及ぼすようになってきたのです。 それが獣害問題です。

獣害とは読んで字のごとく獣の災害であり、その内容は人体への直接的な被害や、建造物の破壊など様々ですがそのほとんどは耕作地の農作物が食い荒らされる、といった農林業に対する被害です。

近年、全国各地でこの獣害が大きな問題となっているのです。

獣害は昔から存在するものだという意見もあるかもしれません。たしかに、古くから獣害は存在するものですが、かつての被害は微々たるもので、それは農家個人でどうにか対処できるものでした。ところが近年の急増ペースは尋常でなく、農家の自助努力でどうにかなる程度のものではなくなってきました。具体的なデータを示しますと、ニホンジカの農業被害面積は80年代と比較して約14倍、ニホンザルにおいても4〜5倍となっています。さらに、カモシカやハクビシンなどかつて被害を与えることのなかった多くの野生動物が獣害を起こすようになってきているのです。平成20年度の統計によるとこれらの野生生物による耕作地への被害面積は全国で10万ヘクタール、被害総額は年間200億円にものぼります。

加えて、獣害被害の深刻さは被害額だけであらわせられるものではありません。 丹精込めて育てた農作物が一晩にして滅茶苦茶にされる、その心理的損失がどれほどのものか、皆さんも想像に難くないはずです。中山間地域の耕作放棄の理由のひとつとして10%以上の農家が獣害問題を挙げている点からも営農意欲の減退をもたらすことで、農村の暮らしに深刻な影響を与える獣害問題は何としても改善しなくてはならない問題であります。そして、耕作放棄地の増加はまた、獣害増加の原因でもあるのです。つまり、この悪循環を断ち切らない限り、獣害は増加の一途をたどることになるといえます。さらに、獣害を放置することは、人慣れした動物を増やすことにつながり、人慣れした動物は耕作地へ警戒なく侵入することで今まで以上に農作物へ被害を与える存在となり、さらに人に襲いかかったり、民家に侵入したりと、その被害をエスカレートさせていきます。 これらの点からも、獣害問題は早急に改善されなければならないといえるでしょう。

ここで、それなら野生動物を大量に捕殺してしまえばいい、という意見もあるのではないでしょうか。事実、現在獣害対策の一環として、かつての50〜100倍という年間10数万頭規模の野生動物の捕殺が行われています。 しかし日本の生態系保持の観点からもこれ以上の大規模な野生動物の駆除は問題といえます。私たちは自然から多くの恩恵を受けて生活しており、自然の構成員である野生動物を駆除しすぎることは自然界のバランスを破壊し、その恩恵を受けられなくなる危険性があります。また、生物多様性条約を批准し、環境大国を自称する日本が固有種にたいし、今以上の大規模駆除を行うことは国際社会からの非難を浴びかねません。これらの点から駆除ではなく、共存という方向での解決策を模索する必要があるのです。

ではそもそも近年獣害が急増した原因とは何なのでしょうか。それは以下の2点に集約されます。

1点目森林環境の変化、2点目中山間地域における耕作放棄地の増大、の2点であります。

1点目の森林環境の変化から説明します。1950年代末に始まった林力増強計画により、日本の落葉広葉樹林は急速に針葉樹林へと置き換えられていきました。

そして木材輸入の自由化によって林業は衰退し、間伐や枝打ちなど適切な管理のなされない放置林となりました。密生して枝打ちしない針葉樹林は林床に日光が届かず、下草も生えません。そのような食物もない暗い森に動物たちは住むことはできず、森から追い出される形で人里へ姿を現すようになっていったのです。

次に2点目の耕作放棄地の増大について説明をいたします。

近年農家離れが急速に進行し、この40年間で農家人口は半数以下にまで減少しました。この影響により農村は過疎化、全国規模で耕作放棄地が増大しました。日常的に人が田畑や山林に出入りしていた状況で野生動物たちが平地にまで侵出してくることはなく、中山間地の農村はいわば人と動物の緩衝地としての役割を果たしていたました。しかし、そこから人が消えたことで、動物たちは平野部にまで侵入するようになっていったのです。

これら二つの事象が生じた60年代ごろから多くの野生動物の生息地が平野部に拡大、あるいは捕獲頭数が増加していることからも因果関係は明白であり、農水白書においてもこの2点に根本原因があることが明記されています。

では、現行政府や自治体は急増する獣害の原因であるこれら2点の問題に対し、どのような対策を講じているのでしょうか。

それぞれについて、長期的政策、短期的政策とその問題点について分析していきます。

まず1点目の放置林問題についてですが、現在政府は、長期的政策として、間伐促進法を根拠とする全国規模での間伐事業の展開、地域ごとの間伐支援などの対策を講じています。しかし放置林の機能回復には数十年スパンの非常に長い期間を要するとされています。なので、早期的な獣害軽減にはつながりません。

続いて短期的政策ですが、各都道府県の行政部局が野生動物の生息調査を行い、得られたデータをもとに、生息範囲に合わせた間伐事業などの対策を講じています。このとき、野生動物は県境をまたいで活動するので、保全管理は近隣の県が協力して広域的管理をすることが望ましいとされています。ところが対策事業は県ごとに別の行政部門が兼任していたり、人員が裂かれていなかったり、また連携を図るための制度が整備されていないため協力体制が確立されておらず、対応が不十分となっているのです。



では次に2点目の原因である耕作放棄地の増大についてですが、長期的政策として、衰退産業である農家人口を増加させ、放棄地問題を解決するのは容易ではないため、国は耕作放棄地を放牧地化することによる、新たな緩衝地帯の造成といった政策をとっています。しかし、地形に大きく効果を左右される上、高齢化、過疎化が進む中山間地の農家に放牧地の管理という新たな負担を背負わせる方法はベターとはいえません。また、かつてひとは、薪木や炭木を取るため、定期的に山地に入ることで、野生動物を山に押しとどめていたわけですが、いまさら薪やすみを使った生活に帰れというのは無理な話でしょう。 以上の点から耕作放棄地問題を解決し緩衝地帯を再び作り出すのは難しいといえます。 

では短期的政策として現在どのような方策が採られているのかというと、新たな緩衝地帯を作り出せないので、物理的に動物たちを人里に侵入させない、防衛線を築く方向での対策が講じられています。それは、忌避剤の散布やモンキードッグなどさまざまな方法がありますが、そのなかで最も普及しているものは、農地、あるいは集落全体を防護フェンスで覆うといった進入防止策であります。 一口に防護フェンスといっても、動物の種類や特性に合わせた様々な種類があり、汎用性も高く、現在最も効果のある野生動物侵入防止策とされています。実際獣害に悩む農家の9割以上が、このフェンス策を導入しています。

ではなぜにもかかわらず獣害が減らないのでしょうか、

それは設置不備や壊れた策がそのまま放置され、野生動物の侵入を許してしまっているからなのです。 なぜこのようなことが起こるかというと、鳥獣被害防止法により、防止策の設置には国や都道府県から補助金がでるようになっています。しかし、その後の維持管理に関する規定がなく、修理には補助金が支払われないため、壊れた策が放置されてしまうのです。

維持管理規定が定められていないので今現在どれほどの柵が効果を発揮しなくなっているのか明確なデータはありません。しかし、兵庫県立大助教授の鈴木勝也氏の報告によれば、視察した多くの農村でフェンスが適切に設置されていなかったり、壊れていた現状があったといいます。

設置ミスや故障の放置に対し、農家の自己責任だという声もあるかもしれません。しかし、高齢化、過疎化の進む農家に、 農地、あるいは集落全体を覆うフェンスの維持管理を任せるのは難しいと考えます。山の急斜面など、高齢者では維持管理の難しい場所にフェンスを設置しなくてはならない場合もあります。

以上の原因分析と現行政策の不備を踏まえ、以下2点の解決策を提言します。

1点目、自然環境センターの設置と集積データに基づく効果的な間伐植替え事業の導入

2点目、防護フェンスの維持管理システムの構築

以上2点であります。

まず1点目について説明します。 都道府県ごとに、大学職員と専門職員からなる野生動物の調査管理を専門とした組織、自然環境センターを設置します。そして各県の同組織が連携することで、広域的管理が可能となるのです。また連携体制の下、得られたデータをもとに間伐事業、広葉樹林への植替え事業をおこないます。これにより現行の無差別的な間伐事業と連携体制が確立されていない状況が改善され、野生動物の暮らすことのできる森林を効果的に造成します。

また、同センターは啓発活動などソフト面での獣害対策にも取り組むことで、より効果的な獣害対策を実現します。 実際に平成19年から同センターを導入した兵庫県ではわずか3年の間に獣害被害額を3割軽減させるなど多くの実績を上げています。

次に2点目の防護フェンスの維持管理システムの構築ですが、まず先ほど述べた自然環境センター職員が定期的にフェンスの見回りを行うことで設置不備や壊れたフェンスの早期発見に努めます。そして、いままで設置にのみ補助金を投入していた国や都道府県は、維持、管理費という形でフェンスの管理や修理に関しても助成金を投じることとします。 これによって、破損や管理不備によって効果を発揮しなくなっていた防護柵はなくなり、野生生物の侵入は改善されるでしょう。

以上の政策により、動物たちが暮らしていける森の造成、進入防止策の徹底がなされ、動物は森で、人間は里で、という住み分けが実現することでしょう。 動物たちは害を与える存在ではなく、同じ国土を共有する、仲間であります。互いに傷つけあうのではなく、ともに、いきる。 そのような社会が再び実現することを願い、本弁論を終了します。 ご清聴ありがとうございました。

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