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演題 「農民の命」

弁士 佐藤柊平 (農1)

私たちのお腹を満たしてくれるものは何ですか。
そう、農産物です。では、その農産物を作っているのは誰でしょうか。そう、農家の方です。
私たちが、毎日食べる食べ物。それを供給してくれる農家の方に、我々は生かされています。農家の方は、まぎれもなく、私たちの宝なのです。
昨今、農業の注目度は上がり、新規就農者も増加傾向に転じました。それだけ、農業というのは魅力のあるものであり、一般の人にとっても農業は身近な存在となっています。

しかし、そんなほのぼのとしたイメージのある農業に、命にかかわる重大な問題が潜んでいるのを皆さんはご存知でしょうか。
それが、「農作業事故」問題であります。農作業事故とは、その名の通り、農作業全般における労働災害を示します。

農作業事故は私のふるさとでも起きました。
私の実家の2件隣の農家は大型トラクターを使い、畑を耕していました。しかし、突然トラクターのロータリーの回転部分が止まってしまいます。「どうしたんだろう」と修理をしはじめようとしたその時、突然、そのロータリー部分が回転し始めました。その農家の腕は、回転部分に巻き込まれ、切断されてしまったのです。
その農家は、農機の安全研修といったような指導も受けていませんでした。また、その農家の農機は古くなっており、作業に支障が出ることもしばしばだったと言います。買い替えの資金もかかることから、自分で修理をして使用している状況でした。

こうした農作業事故により、年間400人もの農家の方が命を奪われています。さらに、この悲惨な状況が40年もの間、何の対策も打たれず、放置されたままになっているのです。
その危険度は、数値にも出ています。従事者10万人あたりに生じた死亡事故件数によると、労働災害の全体平均が3人であるのに対して、農作業事故は11.8人と突出して高い数値を取っています。
また、労働者1000人あたり、年に何人が労働災害に遭遇したかを示す「安全指標」でも、農業は13.5人であり、危険業種と言われる建設業の8.5人より高い数値を取っています。

では、なぜこのような悲惨な事故が起こり続けているのでしょうか。
その原因は以下の2点です。
1点目、農機の安全研修の場がないこと。
2点目、農機の欠陥や、農機の安全性が低いこと。この2点です。

まず、1点目の、農機の安全研修の場がないということですが、農家の約8割は農機全般の操作の指導や安全研修を受けておらず、農家の正しい農機操作の知識や安全意識というものが徹底されていません。
ほとんどの農家は、農機の運転・使用方法を見様見まねで修得しているという事実があるのです。
しかしながら、行政や農協が行っている安全研修は皆無であり、農家に対する教育や指導がなされていないということが挙げられます。

2点目は、農機の欠陥や、農機の安全性に問題があり、農作業事故の要因の約8割は、農機・農作業施設によるものなのです。
近年、農作業は「機械化」を遂げることによって生産性を高めてきました。しかしながら機械化を遂げる一方で、農機に緊急停止ボタンや、安全フレームがないと言った、農家の安全を保証しきれていない状況にあります。
農家にとって、農機はなくてはならないものです。しかし高価なため買い替えることが出来ないという状態に置かれています。そのため、農機に欠陥があったとしても放置せざるを得ないのです。
特に、死に直結するような大型の農機は、製造者が過失の有無に関わらず損害賠償を負う事を定めているPL法の適応外となっており、安全の担保も不十分です。

では、現状の行政の対策はどうなっているのでしょうか。
農水省が現場の安全対策にかける予算はわずかに1000万円程度で、担当職員も2名だけ。行われている対策は、ガイドラインを作成し、それを農協に指示している、という程度で、具体的にはほとんど行われていない状況です。
現在の農業は、従事者の安心と安全という、労働環境において守られなくてはならないものが、守られていません。つまり、メーカーや行政の農作業事故への対策が不足したまま、危険と隣り合わせの状況で働いているのです。

この40年間で、農家の総人口はほぼ半分になりました。しかし、農作業事故による死亡者数は40年間ほぼ横ばいです。これは、農作業事故の発生割合が2倍に増加し、深刻化してきていることを示しています。今対策を取らなければ、日本の農家の命はさらに危機的状況に置かれてしまうのです。

そこで、農作業事故から農家の命を守る対策として、3点の政策を提案します。

1点目は、農機の安全研修の義務化。
2点目は、農機の安全性を高めるための補助をメーカーが負う制度を設けること。
3点目は、農業安全検査官の導入。の3点です。

まず、1点目の政策は、農機の安全研修の義務化です。研修を受けたことがない農家は、農家全体の8割にものぼります。たとえ簡単なものでも、研修を制度として義務化すれば、適切な農機操作の習得と安全意識の向上につながります。そしてこの研修を、農作業事故が多発しやすい春と秋の農繁期の前に実施することで農家の安全意識の啓発を促し、事故防止につながるのです。

2点目の政策は、農機の修理や安全性を高めるための補助を、メーカーが保障する制度を設けることです。事例で述べたように、安全性の低い農機の存在といった問題があります。このような問題が絡んだ農作業事故が起こらないためにも、事前の予防策として農機の欠陥をなくす必要があるのです。
またPL法に指定されていな農機も、メーカーが補助を行う制度を設けることで、安全の担保ができます。この政策により、農家の農機・設備の不備の解消と、メーカー側が、もっと安全に使用できる農機の開発をしよう、とする2つの効果も期待できます。

以上の2点の政策をどのように運営するのか、ということで3点目の農業安全検査官の導入に移ります。この農業安全検査官は、ドイツで農作業事故を約8割も減少させることが出来た農作業安全対策の専門スタッフです。役割としては農家を1件1件まわり、農作業事故対策への指導、アドバイスを行います。

この検査官は、1点目の政策である安全研修の指導官の役割も兼ねており、集落ごとに講習会を開催し、地域ごとの現場状態を把握し、危険マップの作製を行うのが役割です。
また、2,3年ごとに農機や施設を点検し、作業の安全に向けた指導をします。農機や施設の不備が見つかれば、メーカーに報告し、メーカーの保証制度の適応を行わせます。これは2点目の政策の、農機の安全性を高めるための補助をメーカーが負う制度を設けるという政策とも密接にリンクしています。
ドイツと日本は機械化の面で類似性が高いため、農業においても、労災防止団体のような専門部署を設置し、安全担保の受け皿を整えることで、農作業事故を減らすことができるのです。

以上3点の政策を実施すれば、農家の安全と命は守られます。

農家の規模拡大化が進む今、生産性を高めるための「機械化」による農作業事故で、大切な担い手が欠けてしまえば、地域農業への打撃は深刻です。国やメーカーの対策が不十分な中で、貴重な担い手が失われ、たくさんの悲しみが生まれているのです。
こうした事に目を向けて、これまでの個人任せの安全対策から脱却し、今こそ国や自治体、農協、メーカー、農家が一体となって農作業事故を減らすように取り組む時です。

農業の注目による新規就農者も増えています。だからこそ、これからも私たちのお腹を満たしてくれる農業の担い手の安全と、命を軽視したままではいけないのです。
農作業事故の不安と苦しみから、日本の宝である農民の命を救い、安心して従事できる明るい農業にする。
これが、今の日本農業の緊急課題なのです。


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