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演題 「救いの手」

弁士 齊藤康裕 (政2)

古代ギリシア、アリストテレスはその症状をメランコリーと名付けた。現代日本で、うつ病と呼ぶ症状である。人は社会的動物、そして、社会生活でストレスや不安を抱えない人はいません。 そのストレスや不安が積もり積もれば、人は誰しもうつ病になる。これは古代ギリシアから変わらない、人の宿命です。
今日「心の風邪」と呼ばれるうつ病、初期症状は憂鬱が続く程度ですが、放置すると、活動意欲が減り、家事や仕事などの社会活動が困難になります。さらに進行すると、自殺の恐れが高まり、重度の患者の6人に1人は自殺に及びます。うつは悪化すると「心の肺炎」となるのです。

そのため、悪化させないための早期発見が重要であり、政府も早期発見に努めています。
産業カウンセラーやスクールカウンセラーの設置、かかりつけ医にうつ病研修、ハローワークに保険師の設置。来年からは、企業の健康診断にうつ病のチェック項目が加わる予定です。
早期発見体制は整備されており、うつという沼に溺れた人に、多くの救いの手が差し出され始めています。

しかし、その救いの手を掴んでも、多くの人はうつという沼から引き上げられていません。
つまり、発見後の治療が適切にされていないのです。そのため、多くの患者が、通院しても、うつを治せていないのです。
うつ病だとわかり通院を繰り返すが、いつまでもたっても治らない。そんな底なし沼から抜けだせない患者が大勢います。

本弁論の目的は、適切な治療を受けられず、うつ病が治らない方を救い、社会に復帰させることです。
そのため、本弁論では、まず、適切なうつ病治療を示し、次に、現在の治療の問題点を指摘、その後、改善策を提示します。

まず、適切なうつ病治療ですが、これは投薬療法と精神療法を組み合わせたものです。
具体的には、まず、投薬治療を行います。投薬治療は抗うつ薬の投与という簡単な治療で、7割の方が回復します。しかし、3割の方は回復されず、2年以内に再発される方も4割存在します。
そこで、回復しない患者や、再発される患者に精神療法がなされます。これはカウンセリングを通し意識改革を図るものです。この治療は時間と手間がかかるので、投薬治療で改善されない方にされます。投薬療法と精神療法を組み合わせると、9割以上の方が回復され、再発も1割ほどになります。
適切なうつ病治療とは、投薬治療と精神療法が組み合わされたものなのです。

では、適切な治療と比べて、現在の治療が抱える問題点ですが、それは、精神療法が一般化していない点です。
精神療法を十分にしている診療所はたったの5%、若干していると合わせても20%にしかなりません。
治療現場では精神療法が一般化しておらず、投薬治療がほとんどです。
当然、投薬治療だけでは3割の方は回復しませんし、回復しても4割の方は再発します。こうした患者には、精神療法が必要なのですが、現在は、多種類の薬を大量処方され、薬漬けにされています。
日本では32%の患者がこの大量処方をされており、アメリカの4%、イギリスの6%オーストラリアの7%と比べ突出しています。
多種類の薬を大量処方しても、一種類の処方と回復率は同じであると欧米の調査で判明しています。
むしろ、大量処方は、薬物依存症や、パニック状態等の副作用をもたらします。
このパニック状態による傷害事件はここ5年で280件発生しています。また、自殺者の7割は当時精神科に通っていましたが、大量処方によるパニック状態中に、自殺したとされています。

このように、現在の治療は投薬治療がほとんどであり、多くの患者は、病気が治らず、薬漬けにされ、うつ病という底なし沼に溺れています。さらに、大量処方による副作用にも脅かされています。

では、なぜ精神療法が一般化していないのか。
原因は3つ。1つ、医師が忙しい、2つ、費用が高い、3つ、習熟者に限りがある、以上3点です。

1つ目の医師が忙しいですが、うつ病患者は、ここ十年で40万人から105万人と2.5倍になる一方、精神科医は1万2千人からほとんど変わりません。このため、精神科クリニックでは1時間当たり平均6人の患者を診察しており、診療時間は10分程と短く、30分以上かかる精神療法が出来ないのです。
そのため、臨床心理士を雇って精神療法を行う医師もいます。しかし、この方法は病院、患者双方に費用が高く一般化していません。

そこで、2点目の費用が高いですが、臨床心理士を雇うのは病院の実費ですので、精神療法の代金で実費分の回収が必要ですが、これが難しいのです。
臨床心理士は国家資格でもなく、医療資格でもなく、民間資格です。そのため、臨床心理士の精神療法は保険適用されず、患者の実費負担です。さらに精神療法は16回程度おこない効果が出るため、治療回数もかさむため、患者にとって費用が高く、患者は敬遠します。患者が敬遠するので、病院も費用の回収が進まず、結果、この方法も一般化していません。

また、3点目の習熟者に限りがあるですが、臨床心理士にとって、意識改革を伴う精神療法は専門外であり、一部の臨床心理士しかできません。さらに近年開業したクリニックの半分近くは、内科から鞍替えの医師であり、精神療法を習熟していないのです。

以上が、精神療法が一般化されない原因です。

では、私はまず3つのステップの解決案を示し、その後各ステップがどのように連動していくかを示します。
3つのステップですが
1、役割分担
2、医療資格である、医療心理士の新設
3、医療心理師を保健所に配置
の3つです。

ステップ1の役割分担ですが、医師は忙しく、今後も健康診断にうつ病チェックの導入など、さらに忙しくなりそうであり、投薬治療だけで精一杯です。そこで、投薬治療を担う医師と精神療法を担う者とを分ける必要があります。これがステップ1です。

ステップ2の医療資格である医療心理士の新設ですが、この医療心理士が精神療法を担います。
また、新設する医療心理士は医療資格とし、医師の指示のもと精神療法が行え、保険も適用されることとします。
さらに、試験の際、臨床心理師が学んでいる心理学だけでなく、精神療法の試験を課し、習熟させます。
また、なり手は、非常勤で、不安定な就労形態にある7000人の臨床心理師を考えています。
この人数は、イギリスの医療心理士が4000人であり、精神療法が一般化している点を鑑み、適切と考えます。
以上がステップ2です。

ステップ3の医療心理師を保健所に配置ですが、保健所におかねばならない資格、必置資格に、医療心理師を加え、配置します。そして国が医療心理師設置事業補助として、保健所を運営する自治体に補助金を与えます。以上がステップ3です。

では、各ステップがどう連動し機能するかを説明します。
まず、患者は、医師から投薬療法を受けます。ここで、治らない、再発を繰り返す患者は、精神療法を受ける紹介状をもらい、保健所へ行き、保険適用された精神療法を医療心理師から受けます。また、紹介状発行には診療報酬をつけます。
これで、患者は3割負担で精神療法を受けられるようになり、精神療法が一般化するでしょう。また、大量処方がなくなり、欧米の6倍である精神科の薬の処方件数が改善され、薬剤費が減り、医療心理師設置事業補助に予算が行くでしょう。

以上の政策により、うつ病に悩まされ続けてきた患者に真の救いの手が差し出され、うつという沼から引き上げられるでしょう。
彼らが無事うつから脱し、社会復帰できることを祈って、本弁論を終わります。ご清聴ありがとうございました。

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