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演題 「未来ノ設計図 〜諸刃の剣から草薙の剣へ〜」

弁士 小野厚隆 (法2)

一日平均約134万人、皆さんはこの数字が何を表すかを御存知でしょうか?これは一日に外来でやってくる患者さんの人数です。この数字を年間の人数に直すと約5億人になります。これは国民一人当たりが、年間で3回以上来院していることになります。 この数字を聞いてわかるように、私たちの生活に医療は欠かせないものであります。医療技術は現在も飛躍的に進歩しており、今後も私達は医療にお世話になるでしょう。

さて、私は先ほど医療技術の進歩と述べました。皆さんの中には、IPS細胞や臓器移植などを思い浮かべた方もいらっしゃるでしょうが、私はとある医療技術に焦点を当てます。
私が焦点を当てる医療技術、それはヒトゲノムです。ヒトゲノムとは、私たちの体をつくるための人の設計図であります。この設計図をもとに顔や身長、病気など様々な特徴が発現するのです。
このヒトゲノムを用いれば、副作用が出ず、更にコストもかからないゲノム創薬の使用や、一人一人に適した治療が可能なオーダーメイド医療ができ、がんやアルツハイマー病などの疾患の治療に役立つと考えられています。
アメリカでは薬の副作用や拒絶反応が死亡要因の第4位を占めているところを見ると、個人にあった薬や治療は極めて重要だと考えられます。
更にヒトゲノムは、病気が発症してから対処する方法だけでなく、病気を予見することができるとも言われています。この病気の予見性を利用すれば予防医療が可能となり、早期発見による死亡率の減少や医療費コストの削減も可能になります。この点においてIPS細胞や臓器移植にはできないことがヒトゲノムにはできるので、今後ヒトゲノムが重要となることは明らかです。

ヒトゲノムの進歩は目覚しく、一部の高校ではヒトゲノムの解析実験を行ったり、ゲノム創薬を研究開発している会社があったりするなど、徐々に社会に浸透しつつあります。 さて、ここまでヒトゲノムの話を聞いてきて、不安になるような要素は一つも無いように思われると思いますが、近い将来、問題が起こってしまうのです。
それは、ヒトゲノムの情報が知られてしまうことによる遺伝子差別です。ヒトゲノムの情報から遺伝病や将来罹りうる病気を特定されてしまえば、進学・就職・結婚・保険加入やローンの契約などでその人は一生を通じて不利な状況におかれてしまいます。保険加入の時には、遺伝病を持っている人は保険料が高くなったり、審査で落とされて保険に加入できなかったりします。家などのローンの契約では、病気になったら収入などが著しく減るため、支払い能力が欠如すると判断されてしまうのです。

現実にあった例として、アメリカでは、家族にハンチントン舞踏病の患者がいたために保険加入をキャンセルされたり、日本でも、血友病の患者への職場での差別などがあったりしました。この他にも、先に挙げた遺伝病を含めた10大遺伝病と呼ばれる病気の遺伝子を知られてしまったために差別を受けた人たちがいます。アメリカでは鎌形赤血球貧血の遺伝子検査を広く認めてしまった結果、雇用者を解雇するなどの差別が発生し、遺伝子検査による解雇などを禁止するに至りました。さらに、遺伝子は本人だけの問題ではなく、家族にも共通しているため知らず知らずのうちに影響を与えます。
このように人の設計図が人生設計を崩してしまう破壊の設計図になってしまうのです。
ヒトゲノムを使った遺伝子検査が社会に普及する前に、この問題を解決しなければならないのです。

それでは次に、現在までの政府の対策について述べていきます。政府は、2000年以降に、個人情報保護法などの改正を行いました。
また文部科学省、厚生労働省そして経済産業省が作成した遺伝子治療臨床研究に関する指針と疫学研究に関する倫理指針などを打ち出しました。さらに、個人情報保護法のなかでは個人情報取扱事業者は法の定める義務に違反した場合、刑事罰が課せられることになりました。また、損害賠償のリスクも発生します。これらによって、大規模漏洩事件の場合は巨額の賠償金支払いに直面する可能性もあり個人情報の漏洩に対してはしっかりとした対策が施されていると考えられます。

確かにこれらの政府の対策によって将来起こりうる問題へ対処されているように思われますが、現状のままでは問題が起きてしまうのです。なぜなら、現在の個人情報保護法などのままではルールさえ守ればだれでも自由に遺伝子検査ができてしまうのです。説明しますと、現状のままでは、利用目的を特定してさえいれば、その範囲内で合法的に企業などの都合が良いように遺伝子検査ができ、さらに結果を本人に伝える必要がないのです。
それどころか、たとえ利用目的を特定していなくても、秘密に検査が行なわれてしまえば、誰も気づく事はできません。
このままでは、保険会社に加入できなかったり、就職の際に、遺伝子をもとに不採用になったりすることが、本人の知らないうちに発生します。

それでは次にこの問題の原因を分析していきます。この問題の背景にはただ単に遺伝子検査を禁止すれば良いというわけではない状況があるのです。例えばすべての検査を禁止してしまうとゲノム創薬や、オーダーメイド医療などが利用できなくなってしまいます。従って、遺伝子検査が使用できる業種を選別する必要があります。
また、仮に保険会社などの遺伝子検査を完全に禁止してしまうと、多くの遺伝病を持った人が高額の保険に加入し、遺伝病を持っていないとわかった人は契約を解約することが発生するため保険会社は大打撃を受けます。つまり、情報のバランスが重要になるのです。

現在この問題に対して対処できていないのは、政府が法律を制定してしまうと柔軟性が無くなってしまうと考えていることや、企業などの反発が予想されることが影響していると考えられます。しかし、アメリカやヨーロッパではすでに遺伝子検査を理由とする差別を禁止する法律が制定されており、柔軟性がなくなっていない現状や、今後起こりうる問題を考えると、手遅れになる前に、すぐにでも対策する必要があるのです。

以上の原因、背景を踏まえて以下に政策を2つ提言いたします。

1つ目、学問、医療及び個人使用目的以外での遺伝子検査原則禁止に関する法律の制定。
2つ目、学問、医療及び個人使用目的以外での遺伝子情報を提供させることの原則禁止に関する法律の制定。
以上の2つです。

1つ目の政策によって、保険会社や就職試験などでの検査で遺伝子情報が知られないようにすることができ、遺伝子差別を防ぐことができます。また、学問や医療の発展を阻害することもありません。原則を設けたのは、遺伝子情報を知った個人があまりにも高額な保険に加入すると保険会社が損害を受ける可能性があるからです。従って、高額ではない掛け金での遺伝子検査を禁止し、高額な掛け金の場合には取得する情報を必要最小限にした検査に限り認めるものとします。(13万6000ユーロ=1600万円)個人使用に関しては第三者が介入しない限り、個人が自身の遺伝子情報を自由に利用できることを認める目的があります。

2つ目の政策は、企業などのほうが情報を開示させる力が強いため、その力を抑制する目的があります。この政策も1つ目の政策と同様に例外を設けるものであります。
以上の政策により個人情報のバランスが偏ったり、見えない差別が起こったりすることを防ぐことができます。これによって、諸刃の剣であるヒトゲノムは美点を残しつつ、遺伝子差別という欠点を取り払った草薙の剣となるのです。

ヒトゲノムを用いる遺伝子検査は近い将来社会に普及するでしょう。手遅れになる前に、対策を施さなければならないのです。
私たちの未来の設計図は私たちの設計図によって崩されてはいけません。科学が導く私たちの設計図が私たちの未来の設計図を支えてくれることを願い弁論を終了させて頂きます。

ご清聴ありがとうございました。

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