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演題 「生活の鍵を握る舵」

弁士 小野厚隆(法1)

水の惑星、地球。人類は古代より海と共に生きてきました。時代は流れ大航海時代、人々は船で海に繰り出し、その後、蒸気船の登場により世界はより狭いものになり、現在ではさらなる技術の発展によりますます身近なものになりました。今や日本にとって、船の安定的な利用は私たちが生活する上で欠かせないものになっています。なぜなら、島国である日本の国際貨物輸送における海運の分担率は99.7%であり、貿易の大部分を海運に依存している状態だからです。しかし、現在、船の安定的な利用を脅かす問題がある事を皆さんはご存知でしょうか?

それは、便宜置籍船の過剰利用です。
便宜置籍船と聞いてピンとくる人は少ないと思います。ですので、まずは便宜置籍船の説明から行いたいと思います。便宜置籍船とは税金対策や、人件費の安い外国人船員を自由に乗船させるために外国に船籍を移された船の事を言います。現在この便宜置籍船を誘致している国としてはパナマ、マルタ、キプロスなどがあります。
我が国では2,653隻ある商船のうち2,555隻が外国籍であり、日本国籍はわずか98隻しかありません。そしてこの日本籍船は昭和47年をピークに減少し続けており、現在では当時の10分の1です。

それでは次になぜ便宜置籍船の過剰利用が問題なのかを説明します。それは過剰利用により、有事の際の物資確保や、邦人避難の目的で危険海域に航行させるための日本籍船と日本人船員が圧倒的に足りていないからです。私が定義する有事とは便宜置籍船が物資確保に必要な航海をできない、あるいはしない場合のことです。これはどういう事かと言いますと、パナマのような便宜置籍国である外国で治安悪化等が発生した結果、当該国による徴用を避けられなくなること、戦闘等を行っていて、当事国間による入港制限が設けられている場合、日本の企業が運航する当事国籍の船の運航ができなくなること、企業がリスクを恐れ航海させないこと、などがあげられます。
国土交通省の調べによりますと、有事の際には、450隻の日本籍船と5,500人の日本人船員が必要とされています。現状は、先に述べた通り、日本籍船は98隻しかなく、日本人船員もわずか2,600人と全く足りていません。
このような現状を放置しておくと、どうなるのでしょうか?仮に、先ほど述べた有事が発生すると、日本は現在の生活を維持するために必要な物資のわずか5%しか輸送できないのです。例えば原油は99、7パーセントを海上輸送しております。これが5%ほどしか入ってこないとなるとエネルギーや原油価格高騰など様々な問題が生じることは明らかです。ついでに私が着ている服を例にすると靴下しか残らないのです。これは、我々が現在の生活を維持するどころか、生活に最低限必要な水準すら、遥かに下回っていることになるのです。

皆さんの中には、「わざわざ日本籍船でなくても外国籍船を使えばいいのではないか」とお思いの方もいるかもしれません。ここで挙げられる、日本船籍でなければならない理由としては…
1つ、日本船籍に必ず乗船する、日本人船員の能力の高さ。
2つ、海上運送法による規定                 があります。

まず1つ目の日本船籍に必ず乗船する、日本人船員の能力の高さについてですが、有事の際の物資輸送は本国とのコミュニケーションが大変重要であり、日本語を母国語としている日本人船員が必要であること、「日本のために危険な海域へ行ってくれるのか」といった外国人船員への信頼感の問題もあります。また、能力が高い、日本人船員が乗船する日本籍船は外国人船員が乗る外国籍船と比べ事故発生率は5分の1となっており任務遂行能力の面から見ても日本籍船の重要性が分かります。
2つ目の海上運送法による規定についてですが、国は国家権力を発動して企業に物資輸送を行なわせることができます。しかし、それができる船は日本籍船のみと定められており、国は数多くある外国籍船に航海命令をだせません。また、航海中の保護、後の損害補償も日本船籍のみが受けられるとされており、航海途中にテロや戦闘に巻き込まれた場合、日本政府が介入、保護できるのは日本籍船だけなのです。実際にイラン・イラク戦争では原油の輸送のために日本企業の船が危険海域を航行しました。しかしその重要な日本籍船と日本人船員が現在は足りていないのです。

このように便宜置籍船への過度な依存は有事の際の物資を安定的に供給する妨げになるのです。海外と陸路でつながっていない日本にとって日本籍船による海上輸送は絶対に確保しなければならないのです。

ここまでで便宜置籍船の過剰利用の問題と日本籍船と日本人船員の重要性を述べましたので、それでは次に問題の原因について述べたいと思います。原因は2つあります。
1つ、企業の税金対策
2つ、企業の人件費削減。                     この2つです。

まず1つ目の企業の税金対策についてですが、これは企業が、税金が高い日本より税金が安い海外に船籍を置くことを好むことです。また2つ目の企業の人件費削減についてですが、これは日本人船員の給与が外国人船員より高く、日本人船員を乗船させる必要がない外国船籍は日本籍船より好まれているのです。この現状に対して一応政府も政策を打ってきました。税に対してはタックス・ヘイブン対策税制、コーポレーション・インベーション対策合作税制などで、税金対策における便宜置籍船のメリットを減らしています。また、今年の3月に主要海運10社に対して、船員の教育や日本籍で造船をすることを条件に減税する「日本船舶・船員確保計画」を認定しました。この計画により5年で、主要海運10社の日本籍船を約75隻から150隻、日本人船員を1,000人から1,100人に増やすとされています。しかしこれらの政策をもってしても全体で見た場合ですと、日本籍船75隻、日本人船員100人の追加にしかならず、先に述べた国土交通省の試算にはまだまだ足りません。その上政府は重要な要素を忘れています。

それは、船員育成後にかかる高額な人件費に対する政策です。
国土交通省の調査によると、企業が日本籍船、日本人船員を持ちたがらない理由として、日本人船員の人件費の高さが挙がります。船舶法により日本籍船には日本人が乗る必要があります。すなわち、日本籍船と日本人船員は一心同体なのです。したがって、日本人船員の人件費をどうにかしないと企業が日本籍船を持つ動機付けにはならないのです。

それでは、以上の現状、政府の政策を踏まえて以下に1つの政策を提言します。
「政府による企業への所得援助の実施」                であります。
この政策により、企業が支払う日本人船員の人件費を外国人船員の人件費並みにすることができ、企業が日本籍船と日本人船員を持ちやすくなります。これにより、日本籍船と日本人船員を増加させます。

それではこの政策の実効性、有用性を説明いたします。私の政策には一隻あたり4300万円ほどかかりますので、450隻で約195億円かかりますが、一隻あたり5700万円の税収が得られるので今足りていない352隻増加するだけでも約200億円の税収となり相殺どころか黒字も見込め、金銭面において十分実現性があります。確かに企業が払う税金は高くなりますが、事故率が低く評価の高い日本籍船を、人件費を安く抑えた日本人船員と共に保有できることはクライアントの大きな需要があるため長い目で見ると、企業にもメリットをもたらすのです。
この政策によって、有事の際の安定的な物資の供給を可能とする体制が整います。

1970年代以降、日本の企業や政府は目先の利益を優先して便宜置籍船を溺愛しました。その後、過剰な愛を受けて成長を続けた便宜置籍船は、海洋国家日本の根幹である日本籍船と日本人船員を貪り食い、いつの間にか国民の生活を脅かす存在になってしまいました。日本籍船と便宜置籍船が共存でき、海洋国家日本が生活の鍵を握る舵を世界という荒波の中で上手にとっていくことを願い弁論を終了させていただきます。ご清聴ありがとうございました。


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