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演題 「宝物」

弁士 水谷康恵(政1)

あなたは、いつか結婚して、こどもが欲しい、と思ったことはありますか?
私はあります。好きな人と結婚して、好きな人の子供を授かりたい、産みたい、という想いがあるのは、決して私だけではないでしょう。
こどもは女が一人、つぎに男が一人で、一姫二太郎がいい、など、素敵な幸せな家庭を想像して青写真を描いている人もいるでしょう。
ことわざで、“子に過ぎたる宝なし”というように、多くの親にとって子供は最高の宝です。
しかし、子供が欲しいけれどできないという、理不尽な状況下にいる方がいるのをご存じでしょうか?そのような方を“不妊症”といいます。

不妊症とは日本産婦人科学会によれば、“妊娠を希望し、通常の夫婦生活を送りながら、2年たっても妊娠にいたらない”ことを言います。日本では、夫婦の10組に1組が不妊症であるといわれます。
しかし、近年の晩婚化の影響による妊娠率の低下などにより実際に不妊症で悩んでいるかたは、さらに多いのではないかと考えます。
このように不妊症はめずらしいことではなく、将来私たちのパートナーが、私たち自身が不妊症に悩むことがあり得るのです!

それでは、不妊症の方々をとりまく現状はどうなっているのでしょうか?
不妊、子供ができないことは夫婦のプライベートな問題です。周囲に、「子供はまだできないの?」と言われても、心苦しい想いをするだけで自分が不妊症かもしれない、または不妊症であることをなかなか言えない場合が多いのです。
中でも女性は不妊に悩み、精神的ストレスを抱える場合が多いといいます。
それには、不妊というと、子供を産む側の女性に主に原因があるのでは、という安易で間違った認識が未だ日本社会にはあるからではないでしょうか。
実際、不妊の原因は男性が3割、女性が3割、残りが双方に原因がある、もしくは原因不明なのです。それにも関らず、こういった事実を多くのかたが知らないでいる社会が、不妊で悩んでいる方をさらに苦しめているのではないでしょうか。

こういった社会状況があるなかで近年、不妊治療が発達してきました。元来、尿検査や血液検査などによって排卵をするタイミング法から、採取した男性の精液を人工的に女性の子宮に注入する、人工授精などがあります。
また、ARTとよばれる高度不妊治療、体外受精、顕微鏡受精などの治療方法も、普及されました。
しかし、技術が進歩する一方で、いまだ不妊症の方が負う苦しみは存在するのです。

私は不妊症、子供が欲しいと強く願ってもできず、苦しんでいる多くの方を救いたく、本弁論を制作させていただきました。

以下に不妊症の方が何にたいして悩んでいるのか、その問題点を提示し、不妊症で悩める方を救うための、私が考える解決策を述べさせていただきたいと思います。

不妊症の方が抱える悩み、苦しみは主に次の2点にあります。
まず、1点目に経済的負担 これは不妊治療を受ける際に多くの方が突き当たる悩みです。
2点目に精神的不安 これは不妊症で苦しんでいるすべての方が抱える悩みです。
この2点の問題点についてさらに具体的に説明させていただきます。

まず、1点目の経済的負担についてですが、
不妊症は、日本では病気として認識されておらず、健康保険が利かないため高い治療費を払わなければ治療を受けられないことが多いのです。しかし2004年に厚労省が、体外受精などのARTにたいする助成金を実施しました。不妊治療を受ける夫婦には若年層の夫婦も多く、所得が少なくなかなか助成金だけでは治療費を払えない、または治療費を払えなくなってしまう方もいらっしゃいます。
加えて、高度不妊治療についてはクリニックが中心ですので、治療費は独自で決められるので国立の病院とちがって治療費も高額になってしまう場合が多いのです。
また妊娠率は、歳をとるごとに下がっていきます。
よって、なるべく若いうちに検査、治療を受けるべきであるのに、若い夫婦は所得が少ないために治療を断念せざるを得ない。
治療によって妊娠する可能性の高い人ほど治療をうけられない、という状況なのです。
不妊の方が不妊治療に至るまでは、強い意思決定を経ています。というのも、治療には多くの時間と精神力を要する場合があるからです。
どんなに時間をついやしても、どんなに精神的苦痛があったとしても、自分の子供が欲しい。そのように
強く願っても、経済的負担により治療ができない、そんな方を救わないで不妊の問題は解決し得ません。

次に、2点目の精神的不安についてですが、
周囲に「赤ちゃんはまだ?」「早く作らないと」などといわれることを、不妊症の方のあいたでは「ベビーハラスメント」といいます。
このベビーハラスメントによって多くの不妊症の方が精神的負担を負うのです。
ある女性は、不妊治療をうけるために不妊症であることを職場の上司にカミングアウトした時に、「旦那さんはかわいそうに別れたくてもそれが言えないのだから、あなたから離婚を言うべき」と言われたそうです。その夫婦の不妊の原因は、夫の男性不妊であったそうです。しかし、その女性は夫に恥ずかしい想いをさせまいと、そのことを隠していました。それにもかかわらずこのようなことを言われた、女性の悲しみは計り知れないものでしょう。
また、女性は子供を生むものだという考えから、「女性として失格なんじゃないか、人間として失格なんじゃないか」という風にまで深刻に悩んでしまうのです。そのように想い悩んでいるところに、「まだこどもはできないの?」などといわれるのは、あまりに残酷です。
周囲の人の心ない一言で、不妊の方は多くの悲しみを経験するのです。
会社や友人の理解が乏しく配慮がないことが精神的に傷ついた、などと不妊にたいする社会全体の認識のなさは、不妊症の方を大変苦しめているのです。
不妊症の方のための自助グループが一般女性と、不妊症の方々それぞれに不妊に関する意識調査を行ったところ、日本における夫婦の不妊の割合はどれくらいか?という問いにたいして、不妊症のかたは正答率が76%であったのに対し、一般女性は49%、過半数を割った正答率でした。
このアンケート結果からも見える通り、不妊にたいする社会認識は大変低いことがうかがえます。

以上の不妊の方を悩ませる2点の問題点について私は2点の解決策を提示したいと思います。

まず、一点目の経済的負担に対する政策として、不妊治療にたいする保険の適用
二点目の精神的不安に対する政策として、不妊に関しての啓蒙活動を行う
ということです。

一点目の、不妊治療にたいする保険の適用についてですが、不妊治療を保険適用すべき、という声は前々からありました。しかし政府は「1治療の有効性2安全性が確立していないために、保険適用ができない」としています。
1の有効性についてですが、不妊治療は成功率が低いため、有効性が確立していないとされます。
たしかに、体外受精が初めて実施された時は成功率が3%前後と大変低かったのですが、現在では20%を超える成功率となっています。
健康なカップルが妊娠し出産する確率は20~30%ですので、不妊治療の成功率20%は自然の生殖に近い確率で妊娠できるのです。よって、有効性はあると考えられます。
2の安全性についてですが、かつて採卵するのには全身麻酔をしての大掛かりな外科的な手術で、出血などの危険性が高かったですが、現在では部分麻酔の以前よりも安全な方法がとられています。
不妊治療に対する保険の適用で、経済的に治療を断念するかたがなくなります。
また、保険を適用することで不妊は病気であるという認識が得られ、不妊症の方が社会に認められるでしょう。

二点目の、不妊に関しての啓蒙活動についてですが、具体的には学校教育においての不妊症にかんして考える時間を設けるということです。
不妊症の認識を高めるためには、学校教育は欠かせない存在であるといえます。
不妊症に関しては、実際に不妊治療を受ける段階になってからその情報を得る方が多く、たとえば年齢を経るにつれて不妊症になる確率が高くなってしまうことも知らないでいるかたが意外と多いのです。
また、結婚したら子供を生んで当たり前、というような世間の考え方も、不妊症の方を苦しめているのです。
そのような不妊症の方の気持ちを考えることで不妊症にたいする理解を深めます。
教育という手段を使って社会の認識を高めること、そのことによって不妊症の精神的不安を軽減することができるのです。
また、このように若年のうちから不妊について考えることは、将来不妊症に悩む人々を減らすことにも役立つでしょう。

不妊症、それは声に出せない苦しみです。昨今、中絶をしたり、自らの命を絶ってしまうかたが多くいる一方で、子供を産みたい、愛する人の子を産みたい、そう強く願いつつもその願いがかなわずに苦しんでいる方が多くいらっしゃいます。
不妊の夫婦の多くは、その悩みを自分たちだけで抱えている場合が多いといいます。何も悪いことはしていないのに、不妊症であることに、後ろめたい想いでいるのです。
不妊のかたが一人きりで苦しんでいるような社会でなくなりますように。不妊を社会全体で考える日がいつの日かおとずれますように。そう強く願いながら、本弁論を終了したいと思います。
ご清聴ありがとうございました。


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