このページを閉じる
演題 「最期の善意」

弁士 高崎由布子(営2)

人間が死ぬ時、最期にできる善い行いとは何でしょうか?感謝の手紙を書いたり、家族に財産を残す方もいるでしょう。人間は死を迎えるにあたって、最後に何をするか、様々なことに思いをめぐらせるのです。そんな時、私は皆さんにある良い行いを一つ思い浮かべていただきたいと考えています。人がなくなる最期の時に、誰にでもできる善い行いがあることを皆さんは知っていますか?死に行く命を他の人が生きる手助けに変える方法があるのです。そう、それが臓器移植です。
臓器移植とは病気の臓器を取り除き、他人の健康な臓器を移植することによって治療をしようとするものです。現在、臓器移植が必要とする病気には拡張心筋症に代表される先天的な心臓病、肝硬変、透析が必要な腎臓病などがあります。
臓器移植ネットワークによると現在臓器移植を希望している患者数は腎臓病、肝臓病、心臓病など全部で12300人います。しかし、今現在日本国内では臓器移植という治療法が一般的ではなく、多くの方が臓器移植を望んでいるにもかかわらず、何年も苦しい思いをして待たなければならないという問題が起こっています。そのため、毎年たった2.1%の方しか臓器を移植してもらうことができません。また、移植を待つ間に病状が悪化し、毎年、拡張心筋症で400人の方が、肝硬変では2000人の方がなくなっています。つまり、ドナーさえ見つかれば助かった命が失われているという問題があるのです。
この問題に対して国会では臓器移植法の改正がおこなわれています。これは、ドナーの数を増やすために法整備を行いドナーの枠組みを拡大して臓器移植を行いやすくしようというものです。今、臓器が不足している日本で枠組みを変えることで移植しやすくすることは非常に意味のあることです。しかし、枠組みを作っただけで、その枠組み入る人がいなくては全く意味をなさないものになってしまいます。
枠組みの整備だけでは解決策として不十分であることを腎臓移植を例にして説明したいと思います。新聞やニュースなどでは本人の意思確認が不要になったために移植の条件が緩くなりドナーが増えると述べられていますが、腎臓移植は法律が改正される以前から家族の同意のみで移植が可能でした。しかし、腎臓移植に関しては5年前から毎年の移植件数は毎年130件あたりを推移しているのみで、1万人いる待機患者の数には到底及んでいません。このデータから家族の同意のみで移植が可能になったとしても、そう簡単には提供数が伸びないことを理解していただけたと思います。

では、今、現在、臓器移植が日本で行われていない背景の原因は何なのかを探っていきましょう。
現在、どのような経緯で臓器提供の流れにつながっているかを説明したいと思います。
脳死になった場合は、脳死状態ということが家族に宣告されます。
そして、家族が移植を望んだ場合は延命措置を終了し、移植に向けた手続きを行います。家族が移植を望まなかった場合は、延命治療が行われます。しかし、実際には移植の道を選択される家族は少なく、心臓死の状態であっても、家族の側から移植の依頼が行われていません。それは人々の臓器移植に関する意識が低いことが原因となっています。人々の中には一般的な意識として臓器移植を脳死という限られた状況でしか行えないという誤った情報や、ドナー側にも移植費用の負担があるという間違った情報に基づいた消極的意識が形成されています。しかし、実際は多くの方がドナー提供者になることが可能ですし、移植に関する費用はドナー側にはかかりません。このようにドナーになることは、みなさんが考えているよりも提供者になる機会は多く、負担も少ない身近なものであるのに、正しい情報が伝わっていないことによって人々の意識が消極的になり、ドナーの母数が少なくなってしまっているのです。
人々が、臓器移植に関して消極的であったとしても医師側からの情報提供などのアプローチを行っていけば、移植に対しての理解を得られるでしょう。実際は延命治療か脳死移植か選択をする時点で、医師側から移植をしませんかと呼び掛けることは現在行われていません。なぜなら、家族の死に直面した遺族の心境という大きな壁があるからです。
遺族の心境に関する問題とは、家族は患者が脳死という予想外の状況になった時に、その状況を受け入れることができず、動揺してしまい冷静な状態ではなくなっていることです。その中で医師が家族に対して、臓器提供の呼びかけを行うことは家族の動揺を増すだけで逆効果になってしまいます。また、医師が脳死になった患者の家族に対して臓器移植をしませんかと呼び掛けてしまうと家族は不信感を抱きやすくなります。「今まで救おうとしてくれていたのに、可能性がないから誰かが救われるために死んでくださいと言っている?もしかしたら、移植をしたいがために脳死という状態と言っているのではないのか?」といった不信感です。このような遺族の心境を考慮するあまり、医師側は臓器移植に対する呼び掛けを行うことができないのです。
臓器移植に対して消極的な意識の人々を臓器移植に意識を向かせるためには医師の呼びかけが直接的なアプローチとして効果のあることです。医師側のアプローチさえ適切に行うことができれば、ドナー不足の問題は大きく解決への一歩を踏み出すのです。ここで、一つの政策を提言したいと思います。

それはドナーディテクション制度の導入です。
ドナーディテクションとは病院内での情報交換などを通じて、ドナーになりうる方を探し、その家族に対して臓器移植をしませんかというアプローチを直接的に行っていく方法のことです。このドナーディテクションは3段階に分かれます。
第1段階として、ドナーの情報共有、第2段階がドナー家族への告知、第3段階がグリーフケアです。
第1段階の情報共有とは、週一回程度のミーティングを医師や看護師が行い、どの患者さんがドナーになれそうかという情報交換をします。脳死の患者さんの家族に対しては、家族の状態を把握し家族の負担にならないタイミングで移植を切りだせるようにします。家族が脳死を受け入れていない時に、臓器移植に関する話を行ってしまうと、医師側への不信感や家族の動揺を増すことにつながってしまうため、タイミングを見極める必要があります。この第一段階の情報共有は医師側からのアプローチを行うための基盤を作るうえで必要になってきます。本当ならばドナーになりえた方を見過ごしてしまうことやドナー家族の状況を理解しないで第二段階の告知を行ってしっても意味がないからです。
第2段階のドナー家族への告知とは実際にドナーになってくださいという依頼を病院側から行っていくことです。先ほど述べましたように、この告知をその患者にかかわっていた医師や看護師が行うと、患者側の疑いが生まれやすく話を聞く以前から臓器移植に対して否定的になってしまう可能性があります。そこで、この告知をする人間は離職した看護師をパートタイムで雇い行ってもらうこととします。また、告知の際も最初は移植を希望しますか、しませんかと書かれたリーフレットを渡すだけというような形で悲しんでいる家族の負担になるようなことはしません。そこで、家族が説明を聞きたいという意思を示してから段階的に本格的な話を行っていきます。
そして、第3段階のグリーフケアです。これは移植後のドナー家族のケアを指します。ドナー家族の中にはドナーを提供した家族の方の中には「移植してしまってよかったのだろうか?」と悩まれる方もいるそうです。臓器移植に協力したことによって心に悩みを抱えてしまう人がいては、いくら人の命が助かるからと言っても問題があることです。そういった移植後の問題に対して、直接に合うことが認められていないドナー提供者家族と元気になったレシピエントの橋渡しをし、患者さんからの手紙をドナー家族に渡したり、カウンセリングなどを行うことによってドナー家族の負担が少なくなるようにするのです。

このドナーディテクション制度を取り入れている病院として沖縄の浦添病院が上げられます。浦添病院では私が述べた理由から医師側からのアプローチは行われておらず、臓器移植はほとんど行われていませんでした。しかし、ある時なくなってお葬式もすんだ方が臓器提供カードを持っていたことが判明し、その思いを移植につなげることができなかったという反省からドナーディテクション制度を導入しました。その結果、導入を開始した2008年6月から12月の半年間に体の状態として移植に適している方6人にドナーディテクションを行い、実際に3人の方が提供に至るという結果につながりました。

今、現在は医師が家族を失った遺族の心境などを考え、医師側からの積極的なアプローチがなされていません。しかし、浦澤病院の例からもわかるように実際では医師側からアプローチをすれば多くの方が移植に協力してくれることが望めます。また、医師側からアプローチを行うことによってドナー家族に対する情報提供も積極的に行うことが可能になります。ドナーディテクション制度を導入することは移植ができずに苦しんでいる人を救うための有効な政策なのです。
ドナー不足の問題が解決することを願って、この弁論を終わりたいと思います。
ご静聴ありがとうございました。


▲ページトップへ
このページを閉じる