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演題 「明日をつくる方法」

弁士 野口貴博(政2)

現在日本では、経済社会全体の変化に対し、国家が対応しきれていないという状況にあります。グローバル化による世界経済や日本経済の変化は、人々の雇用形態や生活の変化はもとより、中央と地方という国全体のあり方などへも影響を及ぼしています。これに対応すべき日本政府も、小泉改革により、規制緩和による官から民への移行や三位一体の改革、公務員制度改革などが行われてきました。その一方で、対GDP比160%に当たる834兆円もの借金を抱えており、また医療費制度改革や年金を中心とした社会保障制度全体の対応が進んでいないなど、政府自身に未だ課題が山積しているのであります。

しかし、こういった改革の前に、クリアしなければならない課題があることを、まずこの弁論冒頭に宣言させていただきたい。それは、「政府の統計調査方法の不備」であります。なぜ、統計調査なのかと申しますと、先ほどあげた日本社会の諸問題を解決するための基礎・土台となり、欠かせないものが、統計調査だからです。本弁論においては、なぜ「統計調査なのか」という重要性を論じたうえで、この問題について分析し、解決策を提案いたします。

まず、政府による統計調査について説明いたします。各省庁において、管轄の政策を立案するときや、法案を作成するときには、各省庁が個別に統計調査を行います。たとえば、新規の道路や公共施設を立てる際には国土交通省が、それを建築する費用と、得られる地域の経済効果や政府の収入などの利益の試算を行います。法制度や政策を改正などする際には、制度試算により、新しい制度で十分実行可能かなどをあらかじめ実験されています。また、総務省による国勢調査を中心とした、さまざまな社会調査が行われ、統計による国民の声や社会の実状を分析しています。このように、政府にとって統計調査とは、欠かすことのできないものなのです。
しかし、長年批判されている、無駄な公共事業が行われていることに関しては、道路や公共施設などの費用と利益の試算の内容は一般には公開されてきませんでした。また、この費用と利益は、ベネフィット・オーバー・コーストという形で、国土交通省の審議会の中で審議の上、公共事業として予算に組み込まれていましたが、その審査基準や内容も公開はされてきませんでした。また、最近批判を浴びている特別会計においても、公共事業・農林水産事業・保険事業などを中心に、この費用と利益などの試算の内容は同様に不明確なものとなっています。

また、今年、後期高齢者医療制度は、当初の厚生労働省の発表や閣僚などの発言とは異なり、年金天引きされる保険料の額が、従来より多く徴収されているなどの大混乱が起こりました。厚労省は、この制度を導入するにあたって家族構成のモデルケースをつくり全市町村にあてはめ、モデル上は成功しました。しかし制度導入後、統計学の専門家や自民党・民主党などから、このような場合は過去のデータを基にした無作為抽出調査を行うのが統計学上の基本だとの批判を受けました。制度試算に統計学的な不備があったのです。

さらに、かつて、人事院が一般企業に対して「女性は出世が不利」であるという調査結果を出しましたが、これは女性に対してしか調査してないなどと統計の専門家から批判されました。さらに、厚労省が出した「畳の多い家は子供が多い」という調査では、核家族世帯や大家族世帯などの子供を育てる環境という「隠れた変数」を無視した統計など、ずさんな統計調査がなされてきました。また、宍道湖淡水化事業などにおいては、湖の汚染度の発表を工事開始前後から測定し始めたのにもかかわらず、工事開始からではなく、8年間の工事のうち後半の4年間しか公表していないなど、公表にも不明確な点も存在しています。
少子高齢化の進展により、医療保険や年金に対する抜本的な改革が必要とされ、またそのための税源として消費税増税が議論されている今日において、このような制度施行における予測統計上のミスは、大きな混乱をもたらします。
また、公共事業における試算の不明確性など、予算における隠れ蓑を残したままでは、現在叫ばれている財政改革はもとより、特別会計の洗い直し、すなわち埋蔵金の切り崩しや、将来的な予算の執行においても、課題を残してしまうことになります。

問題点を整理いたしますと、「政府の統計調査能力の不備」により、以下3点の問題点が浮かび上がりました。
第1に、制度設計の試算に統計学的不備があったこと
第2に、データとしての社会調査方法や公表にも不備があること
第3に、試算などの根拠が明確でないこと
以上の3点です。

では、これらの問題点の根本的な原因は何でしょうか。

まず、第1・第2の問題点の、制度設計の試算や社会調査方法などにおいては、まず、官僚の調査の体質が挙げられます。単純な調査側のミスの可能性もありますが、外部の不満に対する政策をつくる必要性から、また政策の妥当性の立証のための証拠として、統計学的に妥当だと考えられる方法を取らなかったという結果に至ったとも推測されます。そして、この統計方法をチェックすることができていれば、防げた問題でした。なぜなら、私が挙げた例は、統計学の学派の違いによる方法の差異などではなく、その根底に共通する基礎的な方法論の部分でのミスであったからです。

そして、第3点目の、試算などの不明確性については、特に公共事業においては、政治家の利害関係と結びつくことが多く、族議員にとっては切り込みづらい、いや、切り込んではいけない「隠れ蓑」だったのです。また、各省庁の諮問会議などにおいては、会議内容が公開されないことや、その官庁の意見に賛同する学者が多くなっていることにより、十分に機能してきませんでした。さらに、近年医師不足が叫ばれているのにもかかわらず、厚労省は最近まで医師数は適正であるとの報告書を出し続けていました。統計で適正人数まで出されていたにもかかわらず、その根拠や調査方法などは公表されては来ませんでした。

現在、公務員制度改革が政府与党によってすすめられていますが、それによってこの問題は解決されるでしょうか?私が挙げた問題点は、制度設計の試算や社会調査方法において、単純なミス・あるいは恣意的なミスが発生する環境にあること、試算や結果を公表しないという「隠れ蓑」が存在すること、といった制度上の問題です。現在の制度改革により官僚の体質変化が見られても、制度上の欠陥を残していては、問題は解決されないのです。

ではここで、この問題を解決する1点の政策を提言させていたします。
それは「統計検査局」を設置することです。
予算における公表されていない試算や、統計調査・制度試行における統計学的方法を、法案や予算として作成される前にこの機関でチェックするのです。統計学の専門家を育成し、調査のモデル構築プロセス・検証プロセスといったリサーチデザインがおかしなものではないか、また、バイアスがあったり、偏ったものではないかなどを監視していきます。さらに、公開においても、適切な公表がなされているかに関しても、検査を行います。
法律が、法としての整合性をチェックする機関である法制局を通して精査され、国会に提出されていくのと同様に、予算や制度改正の法案・統計調査が整合性があるかどうかを、チェックする機関とするのです。各省庁のように、独自の政策は持たないために、顧問を招いても御用学者にはなりえず、また、第三者機関として、現在問題のない法制局同様にチェック機関として機能するでしょう。この第三者の目によるチェックは担当官庁側への自覚を促す効果も期待でき、これにより、内閣や与党内でもより精度の高い統計調査をもとに議論をし、政策を決定する、法案をまとめることが可能になるのです。
さらにこの効果はそれだけではなく、野党にとっては官庁との連携がとれないため現実性のある政策を与党に対して提示することが不可能となっていましたが、データをもとにした独自の予測をもとに統計検査局へ提出することにより、実現性のある対案を与党に対し示すことも可能になります。また、法制局同様、審査した内容や調査方法などが公開されるため、野党にとっても、今まで以上に政府の不正などを追及できる環境が整備されることになります。
また、現在は議員立法が増加していますが、その性質上、税・財政や経済その他緻密な調査が必要なものに関しては議員立法として成立することは困難でした。しかしこの統計検査局の設置により、民間のシンクタンクなどによる政策提言なども議員立法として国会に提出されていくことも期待できます。

現在、国家が対応しなければならない問題は数多くあります。この中には、今後の日本を担う新しい制度設計も多く含まれます。また、それらに共通して横たわる財源、というものは国家の永遠の課題でもあります。そして、社会の状況を正確につかみ取るのも、国家の役割でございます。これら改革が必要とされている今日、一番必要なのがその基礎・土台となる、統計調査なのです。明日の日本をつくるためには、これを放っておくわけにはいかないのです。

ご清聴ありがとうございました。


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